視線が痛いのは本当だった
「はぁー」
何回目か分からないため息を吐いて鉄は体を竦めた。
(何がどうしてどうなって、こうなってんだよ……)
鉄個人に向かって劇的な自己紹介をした後、カナンは何事もなかったように自分の席へと着いた。気を取り直した担任によって教室内は何とか鎮められたが、もちろんクラスメイトの好奇の視線と殺気にも似た怒気は現在進行形で江川鉄、ただ一人に向けられている。
視線が痛いとは本当の事だったらしい。
その視線から逃げるように前かがみになって頬杖を付く鉄。なんとなくチラリとカナンへと目をやれば、背中に定規でも入っているのではないかと思えるほどにピンと姿勢を正して座るカナンの姿があった。
一人だけ白い制服を着ていることもあって、彼女だけ、どこか違う世界の住人のようだ。
昨夜はもちろんそんな余裕も時間もなかったため、気が付かなかったが――カナンはキレイだった。
巷で人気のいわゆる可愛い子ではなく、キレイ。
彼女から発せられる引力のような魅力に身を委ねて触れてしまえば最期、穢してしまいそうなキレイさ。近寄りがたい美しさだ。
(あー……でも、結構胸あるんだぁ)
と思った瞬間、視線を流したカナンと目線がかち合う。
邪な事を考えていただけに、鉄はぎこちなく笑顔を作り、目を泳がせようとした。
だが、その前にカナンは鉄に微笑みかけた。
分かるか分からないか、本当に僅かなものだったが鉄には分かってしまった。
再び教壇に立つ担任へと顔を向けるカナン。鉄は口を半開きにして固まっていた。
ホームルーム終了の鐘の音と共に鉄は足早に教室を出る。
「あっ、待て! 逃げるな、テツ! 申し開きしろ、この卑怯者がぁーっ!」
「逃げるなと言われて逃げない奴がいるかよ。んじゃ、さらばだっ」
呼び止める声に足は止めずに応える鉄。飢えた男子高校生の嫉妬の餌食になるつもりは毛頭なかった。
カンナとの関係は? 何で知り合いなんだ?
彼らの聞きたいことは大方予想がつく。だがそんなこと聞かれても困る。
鉄自身でさえ何故カナンが急にこんなところへ現れたのか、そして公衆の面前で自分に話しかけて来たのか分かりかねていたからだ。
今日は確かこれで終わりのはず。「立ち入り禁止」のテープを乗り越え、屋上へと向かう階段の踊り場に腰を下ろしながら鉄は思い出す。
部活にも入っていない鉄にはこの後、特にどこかへ行く必要も、急ぐ必要もない。
恐らくは今もまだ自分を血眼で探しているであろう男子諸君の目を避ける為にも、鉄はここで人がはけるのを昼寝しがてら待つことに決めた。