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ありそうでない展開

 ざわつく教室内。

 見知った友人との会話も一か月半ぶりともなれば、いつもに増してテンションが上がると言うものだ。

 なにしろ今日は長月も初日。世に言う二学期が始まる始業の日である。

 だが、江川鉄は始業式に遅れて二学期早々担任にお小言をもらい、校長のありがたい挨拶の最中に舟を漕いでいたことがバレて学年主任には小突かれた。

 鉄は極度の寝不足であった。


――全部、あの人たちのせいだ。


 フラフラの足取りでやっとの思いで辿り着いた窓際の席。鉄はダラリと腕を投げ出し、机の上に突っ伏していた。

「ウッス、鉄ひっさしぶりー」

 やけに明るい声に次いでカタンと前の椅子が引かれた。鉄は顔も上げずにただ片手を上げる。

「うぃーっす……」

「はっ、新学期早々やる気ねぇー! 何だよ、さてはまたバイト、クビになった系?」

「ちげーよ!」

 聞き捨てならない言葉にガバリと起き上がった鉄。前の席に座るのは明るめの茶髪にやや吊り目の青年――上村彰二。

 鉄にとっては中学からの親友、もとい悪友である。

彰二はニヤリとした。

「あ、違うの? 落ち込んでるから、俺はてっきりお前がまたまたまたまたまた、トラぶって辞めさせられたのかと思った」

「うっせぇ……」

 いちごミルクを片手にカラカラ笑う彰二を一睨みしてから、鉄は外界を遮断するべく再び机に突っ伏した。

「何だよ、バイトクビになってないんだったら、なんでそんなにブルー越えてネイビーブルーなわけ?」

「いろいろあったんだよ、昨日の夜」

「夜? あぁーもしかして、電車の中で痴漢に間違われたの?」

「違う。昨日はバスで帰ったし」

「分かった。じゃ、また酔ったオッサンに絡まれた? アタリだろ、アタリ!」

 僅かに上げた視線の先には嬉々とした彰二の顔。

 子供か、お前は。内心ごちて鉄は大きくため息を吐いた。

「お前なぁ、人の不幸で楽しむなよな」

「あ、バレた?」

 彰二は鉄の「特殊な体質」を知っていて、尚且つその被害にあっていない数少ない人間の一人だ。そのお陰か付き合いが長く、気心も知れているのだが、いかんせん彰二は鉄をからかうのを趣味にしている節がある。


――人の不幸は蜜の味。


 ことわざ通りなら鉄はその蜜を結木せと作るミツバチ。さしずめ彰二はそれを横から掻っ攫ってはおいしくいただく人間だ。

 だが、なんだかんだ実は割りといいやつだと分かっているので鉄も邪険には扱えない。だから、悪友なのだ。

「あ、そうだ。知ってるか? 今日、転入生が来るんだって。しかも女子! うち公立だし編入なんて滅多にないだろ。なんかベタだけどありそうでない、かなりレアな展開だよなー。もう男たちが浮足立ちまくってるよ」

 ズズズズーッといちごミルクを吸いながら彰二は愉快気に言う。

「へー」

「へーって反応薄いなー。小鉄、興味ないの? 可愛いかもよー。小鉄の好みかもよー」

「小鉄じゃないっつってんだろぉ……」

「おい、ホームルーム始まる前から寝落ちすんな、っと来た来た♪」

 ドアがガラリと開く音がして、担任がいつものようにみんなを席へと促す。

 クラスメイトがそれぞれ席に着くガタガタと言う音。いつもは席に着いた後も多少ヒソヒソ話をする声があったりもするが、その日は不思議となかった。教室内は珍しくシンとなる。

 やっと静かに寝れる。幸いにも席は後ろの方だ。どうせ始業式のあとのホームルームなんて、夏休みはどうだったかーとか、休みボケは新学期に持ち込まないようにーとか、どうでもいい話ばかりだ。鉄はそのままウトウトし始める。

 教室中が俄かにざわつくのが耳に入ったが、既に鉄は本格的にスリープ・ヒヤリングへと入ろうとしていた。

「おい鉄、マジやばいぜ、あの子っ! 聖マリアからだって。チョーお嬢だよ、お嬢! しかもハーフ! 目青いし、めっちゃカワイイっ」

 彰二が興奮気味に小声で話しかけてきたのは聞こえたが鉄は応えない。

今ちょうど寝落ちする一番気持ち良いタイミングなのだ。ここで覚醒するなんて、そんなもったいないことできない。

 凛とした声が響いて、次いで担任の戸惑った声がする。そしてコツコツと静かに足音が近づいた。


――コンコン。


 軽く机をノックされて、そのわずかな振動と小気味いい音に鉄はビクッと肩を揺らす。

「あ、オレねてないですよぉ。ちょぉっと考えごとを……」

 そう言って口元を拭いながら顔を上げた鉄の目の前には、白を基調にした制服に腰まである長い黒髪、そして青い瞳の少女。

 見間違えるはずもない。つい半日前に出会ったばかりだが、彼女には一度殺されかけて、微妙に誤解をされたままだ。

「っ、君は――」

「聖マリア女学院から転入してきました。カナン・マジェッツです」

 カナンは軽く首を傾げて微笑んだ。サラリと黒髪が流れて、窓から差し込む日に青い瞳が更に青さを増す。

「江川鉄君、よろしくお願いします」

「へ? こっ、こちらこそ……?」

 呆然として、それでも律儀に返す鉄に、担任を含めたクラス中がわいたことを言うまでもない。


 ありそうでない展開。突然の再会。

 それはこの先にあるものの、ただの予兆に過ぎなかった。


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