act3‐4
ベルーガ編隊を率いる木場一尉は《遼寧》空母戦闘群を目前にしていた。目前と言ってもASM‐3空対艦ミサイルの射程に《遼寧》空母戦闘群を捉えたに過ぎない。双方の距離は二百マイル以上あった。
「各機、攻撃態勢」
ベルーガ編隊の六機は各機が大きく距離を取った戦闘隊形だった。僚機は二マイル先、全機、横隊に広がっている。各機は四基ずつASM‐3を装備していた。
『ベルーガ01、ボギー・ホット』
誰かが警告してくる。しかし木場には回避の選択肢は無かった。今や艦隊は防戦一方だ。攻撃は最大の防御。艦隊を守るためには一刻も早く槍を放たなくてはならない。とにかくミサイルさえ発射すれば機体は身軽になり、任務も達成できる。
『ファング、ボギーです』後席員の坂梨二尉が深刻な口調で言った。『ブレイク』
木場はその警告を無視して対艦ミサイルの発射キューを待った。JHMCSのディスプレイ上に点滅していた表示が点灯し、発射を促した。
「ベルーガ01、FOX3」
木場はそう無線に申告してミサイルレリーズを押し込む。主翼に抱えていた四基のASM‐3空対艦ミサイルが発射され、海面すれすれを波を切り裂くように飛び抜けていく。それを見届ける前に木場は回避行動に移ったが、その時、木場の乗るF‐18FJは炎の抱擁を受けて爆発四散した。
『ファングがやられた』
「座標を救難機に送れ」
麻井は思わず操縦桿を握る手に力を込めていた。機体がそのわずかな圧力を検知して揺れている。
木場を攻撃したのは殲撃J‐15だった。背後についてわずか十キロほどの距離からAA‐10アラモこと赤外線誘導方式のR‐27中距離空対空ミサイルを撃ち込んだのだ。木場は海面すれすれを飛んでいて空対艦ミサイルを発射していた。脱出が間に合ったとは思えなかった。
殲撃J‐15の二機編隊はレーダーに映らないよう低空で空中哨戒していたらしい。麻井達の目をまんまと掻い潜って攻撃隊に襲い掛かった。一機は麻井を、もう一機は麻井の僚機を攻撃しようとしていて、麻井の僚機である藤原二尉の機は対艦ミサイル発射を中断して上昇離脱していた。
麻井は藤原に襲い掛かる殲撃J‐15にエンゲージした。
「タッカー、デッドアヘッド!」
『ラジャー!』
藤原の後席員が掠れた声で応答する。藤原が真正面に突っ込んできた。その後ろに殲撃J‐15を連れている。HMDに表示されるTDボックスが赤く染まり、ミサイルレリーズボタンを押し込む。
「FOX2」
AAM‐5B空対空ミサイルがランチャーを飛び出し、藤原機をすり抜けるような機動で飛翔した。殲撃J‐15は回避機動を取ったが、その腹にAAM‐5Bが突き刺さって爆発する。
殲撃J‐15の胴体が引き裂かれ、弾頭の炸裂でバラバラになった後、燃料に引火して火球に変わった。それは常人なら捉えられない光景だったが、木場の撃墜で頭が“冴え切った”麻井にはまるでスローモーションのように見えた。
『新たなボギー、数四』
「撤退する」
残るベルーガ隊をエスコートしなくてはならない上、護衛艦隊は今も攻撃を受けており、直ちに戻らなくてはならない。
護衛艦隊には四方八方から多数の攻撃機が迫っていた。艦隊陣形の外側の艦はすでにCIWSの高性能20mm機関砲も発射してミサイルを迎撃しており、曳光弾が空に向かってばら撒かれていた。艦隊の周囲にはいくつもの煙幕のようなチャフ煙が上がっていて、戦闘機の撒くフレアや爆発閃光が艦隊から百マイル以上離れていても麻井の目には映っていた。
六機、撃墜された木場一尉と坂梨二尉の機も含む四機から発射された計十六基の空対艦ミサイルASM‐3は低空を音速の三倍を超える速度で飛翔していた。
マッハステムによってASM‐3が飛翔した海面を引き裂き、ソニックブームが響き渡っている。
ASM‐3はミサイル形状にステルス性を持ち、さらに低空を飛行することで被探知性を低下させている。さらに固体ロケット・ラムジェット統合推進システムを採用し、超音速飛行を可能としていた。これによって敵の対抗時間や迎撃可能時間を減少させ、命中率を高めている。
実際、ASM‐3は一秒で一キロ以上を飛翔し、《遼寧》に到達するまでの時間はわずかに約二百秒ほどだった。
「小日本の対艦ミサイル多数が接近中!」
「迎撃機、間に合いません!」
《遼寧》戦闘指揮所は騒然となっていた。ミサイルを探知した戦闘機が反転し、迎撃を試みたが、低空をマッハ三からさらに加速しているミサイルに迎撃機は追いつけなかった。
「狼狽えるな。我が軍の防空能力を小日本に示すのだ。対空ミサイルで撃ち落せ!」
《遼寧》空母戦闘群の052D型ミサイル駆逐艦が艦対空ミサイルを発射した。052D型ミサイル駆逐艦は艦橋構造物の四周に中国国産のH/LJG‐346A型と呼ばれるアクティブ・フェーズド・アレイ方式の多機能レーダーを装備しており、中国版イージスシステムとも呼ばれる戦闘システムを導入した新型艦だった。
その他、ミサイル駆逐艦からも艦対空ミサイルが発射される。
「各艦、対空ミサイル発射!」
《遼寧》の戦闘指揮所でも各艦から発射されたミサイルのシンボルマークがこちらに真っ直ぐ向かってくるミサイルの輝点に向かう様子が表示されていた。ただ日本の対艦ミサイルはステルス形状に加え、海面クラッターにより探知が困難な超低空を飛翔しているため、途切れ途切れになっている。
飛翔したミサイルは弾道の弧を描くように日本の対艦ミサイルに向かっていくが、その対空ミサイルがインターセプトするであろう地点よりすでに日本の対艦ミサイルは先を進んでいた。
「目標が速すぎる……!」
発射された艦対空ミサイルが目指した位置はASM‐3空対艦ミサイルのはるか後方となっていた。
「個艦防御!《遼寧》だけは死守しろ!」
艦隊陣形の外周を担当する艦艇はすでに近接防空システムによる対空戦闘を開始した。しかし、一基のASM‐3が艦隊陣形外周を担当していた051B型駆逐艦を直撃した。機関部構造物を直撃したASM‐3は弾頭の炸薬を炸裂させる。051B型駆逐艦の艦内を爆発の衝撃と爆炎が駆け抜け、艦体を引き裂いた。
さらに別のミサイルが052C型ミサイル駆逐艦に命中した。《遼寧》までの進路上にいる艦艇から次々に火柱が上がる光景は《遼寧》の艦橋の見張り員や甲板要員達から見れば恐怖以外の何物でもなかった。
「ECM、効果なし!」
「なおも十三基、本艦に接近!」
「一発も撃ち落せないとはどういうことだ」
艦長が声を荒らげた。
「囮弾、発射!」
「近接防空火器、発射!」
HQ‐10近接対空ミサイルが発射され、接近する対艦ミサイルに殺到する。さらに1130型30mmCIWSを発射し、綿密な火線の網を構成する。しかしASM‐3はその網を一瞬で掻い潜った。
「駄目です、衝撃に備えてください!」
悲鳴に似た叫びが《遼寧》の指揮所に響き渡った。
四基のASM‐3がマッハ三の速度で《遼寧》の艦体左舷に全弾命中した。さらに二基のASM‐3は《遼寧》の飛行甲板の艦載機を蹴散らしながら、飛行甲板中央と艦橋構造物の根元付近を直撃し、《遼寧》は爆発炎上する。飛行甲板は火の海に呑まれ、まだ無事だった乗員達は我先に脱出を始めた。




