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act3-5

東シナ海

航空護衛艦《かが》飛行甲板

September 19.2021



 低空域より六機の戦闘爆撃機が第五護衛隊群に迫っていた。その攻撃機の編隊は三つに分かれ、艦隊を北と南、西から攻撃しようとしている。しかしそれは、常に艦隊の上空で警戒を続けているE‐2D早期警戒機(AEW)と、イージス艦の高性能レーダーによってすでに捕捉されていた。すでに艦隊から百二十キロ以上離れたアウターディフェンスゾーンでの対処が始まっており、猶予はまだ十分にあった。


 空中戦闘哨戒(CAP)中だった今井と小池の編隊が最も近い西側の機の迎撃に回り、飛行甲板で警戒待機(アラート)中だった加沢と園倉が北から接近する戦闘爆撃機に向かった。黒江はすぐさま耐Gスーツに着替えて的場と共に飛行甲板に飛び出す。


 天気はどんよりとした曇り。ウェザーブリーフィングは定期的に行われ、すでに天気図も確認していた。沖縄方面は雨が降り、艦隊の針路上にも低気圧があった。


 飛行甲板では機体が次々に発艦準備を整えられていた。列線員達が走り回り、SH‐60K対潜哨戒ヘリの発艦が同時進行で行われている。藤澤の乗ったF‐18EJがカタパルトへと進んでいるのが目に入った。


 黒江がアサインされたのは九二八号機だった。


「黒江二尉!」


 機付長の渡邉が呼びかける。機体のラダーを駆け上ると素早く渡邉がハーネスの着用を手伝う。すぐにラダーが外された。JHMCSを備えたフライトヘルメットを被り、緊急発進時と同様に素早く点検項目をチェックし、渡邉と手信号を交わしながらエンジンを始動する。


「デッキコントロール、こちらシーウルフ12。エンジン始動完了。カタパルトへの進入許可を求む」


『シーウルフ12。こちらデッキコントロール。了解。艦はピッチング2度、ローリング3度。艦首方位075。相対風方位250から7ノット。高度計規正値2995に補正。カタパルト2への進入を許可する。ハンドラーの指示に従え』


「カタパルト2へ進入、高度計規正値2995に補正。ラジャー」


 列線員が輪留めを外したことを合図する。


「グランド、コックピット。カタパルト2へ前進する。インターホン、ディスコネクト。チョークアウト」


『コックピット、グランド、了解!チョークアウト。ディスコネクトフォン。ご武運を』


「コックピット了解、感謝する」


 渡邉が敬礼し、機体の前から去る。黒江は第二カタパルトまで進んだ。


『あと三メートル!ちょい前ー、ちょい前ー、もう少ーし、良し!』


『シーウルフ12、射出位置宜し!』


 後方のブラストディフレクターが起き上がった。列線員の一人がコックピットに向かってボードを掲げた。ボードに書かれた離陸重量と離陸出力を確認した黒江はサムアップした。その列線員は頷くと下がる。


「デッキコントロール。こちらシーウルフ12。発艦準備完了」


『シーウルフ12、こちらデッキコントロール。風は220度から6ノット。カタパルト2からの発艦を許可する』


「ラジャー、クリアード・フォー・ランチ、テイクオフ」


 黒江は発艦の衝撃に備えた。射出士官は膝を折って、腰を屈めながら二本の指で甲板に触れ、前方を指さす。


 カタパルト、射出。一瞬にして弾かれるように打ち出され、飛行甲板を離れるとオートパイロットにより機体は上昇する。黒江は強烈なGに歯を食いしばって耐え、すぐさまコントロールを取り戻し、機体を旋回させる。


『イーグルネストよりシーウルフ12、発艦完了。方位170へ旋回、高度六千フィートまで上昇し、それを維持せよ』


『シーウルフ12、こちらホエールテール。シーウルフ09と編隊を組み、シーウルフ(デルタ)編隊を編成』


「シーウルフ12、ラジャー」


『ファル、アットユア、イレブン・オクロック。俺の右隣につけろ』


 藤澤の声だ。十一時方向に目を向けるとJHMCS上にTDボックスで囲まれた機影がすぐに見えた。アフターバーナーに点火して加速し、上昇している。黒江は藤澤の右へ機体を滑らせるようにして接近した。藤澤と共にする。


 どんよりと暗い空はのしかかってくるようで不気味だった。海の色も黒く、白波が立っていて波は高い。次々に《かが》から艦載機が発艦してくる。


 しかし、海上警備行動では武器の先制使用は認められていない。また相手が撃って来るまで撃てないのかと黒江は不安を感じていた。


 その不安は的中し、CAPの今井と小池のレイダー01編隊に対して、接近する目標機の目視確認が指示された。


『待ってください、ビジュアルIDを取れるような距離(レンジ)に接近出来ません』


 今井が反論するやり取りが無線に聞こえてきた。二機編隊長としてウィングマンの命を預かる今井が反論しないわけにはいかなかった。無防備にも敵の目前まで言って目視確認してこいと言っているのだ。


『警告に従わず、敵対行動を取った場合のみに武器使用は限定する』


『スノー、シャープだ。援護する』


 的場の声は低く抑えられていたが、怒りを感じられた。一瞬の沈黙ののちに今井は「ウィルコ」と短く応答した。


 黒江はその間、藤澤に続いてアフターバーナーを全開で加速を続けていた。間に合ってくれとだけ祈り続けていた。


『ホエールテールよりシーウルフ・デルタ。迎撃誘導を開始する。方位195より敵性航空機(バンディット)接近。高度五百、速度(マック)1・0(ワンポイントゼロ)


 マッハ一・〇とは速い。機上(オンボード)レーダーを使用せず、戦術データ交換(MIDS)システム端末(-LVT(3))を通して早期警戒機(AEW)からのデータリンクによって情報を共有する。


『アフターバーナーを焚いてるな。IRSTで捉えられるか』


 藤澤が聞いてきた。F‐18EJの機首下部に備える電子光学(EO)照準システム(TS)に複合されたIRSTなら六十キロ先の航空目標を探知可能だ。IRSTによる索敵を始めた時だった。


『ノイズィー、ノック・イット・オフ!ブレイク・ライト、ブレイク・ライト!』


 目視確認のために接近する敵性航空機に接近していた今井と小池が「予定通り」攻撃を受け、今井が叫んだ。


『レイダー01編隊が攻撃を受けている』


『ターゲットは敵機(ボギー)。全機、全兵装の使用を許可する。近づくボギーを排除せよ』


全編隊(オールステーション)、こちらホエールテール。新たな状況(ニューピクチャー)、方位230より亜音速飛翔体出現。巡航ミサイルと思われる。数六。空護に接近中』


 データリンクによって新たに出現した巡航ミサイルの情報がMFDにリアルタイムで表示される。


『ホエールテールよりシーウルフ・デルタ、巡航ミサイルを迎撃せよ』


『ラジャー。ファル、ヘディング245、ライトターンナウ』


 迎撃目標が更新され、藤澤に続く黒江は右旋回して巡航ミサイルに向かう。


『《あさひ》がASROC(アスロック)を発射』


 護衛艦の中でも対潜能力を強化されたあさひ型護衛艦《あさひ》が対潜ミサイル(ASROC)と呼ばれる07式垂直発射魚雷投射ロケットを前部甲板の垂直発射システム(VLS)より発射した。巡航ミサイルを発射したのは潜水艦であり、SH‐60K対潜哨戒ヘリもまた巡航ミサイル発射地点に向かっていた。


全編隊(オールステーション)、こちらホエールテール。方位290ベクターツーナイナージロ、爆撃機と思われる目標(ターゲット)。数二。方位270ベクターツーセブンジロから同様の目標、数二、いずれも空護に接近中』


『爆撃機は巡航ミサイルを抱えているはずだ。接近する前に撃墜しろ』


『増援を上げてくれ、数が足りない。やつら空の上でも毛沢東の人海戦術だぞ』


『どうあっても《かが》を沈めたいみたいだな……』


『スノーとノイズィーはどうなったんだ?』


 空護の飛行甲板はノンストップで艦載機を発艦させているはずだ。次々に後続が上がってきていた。巡航ミサイルをヘッドオンで捉える。レーダーを広域捜索モードにして巡航ミサイルを追尾、捕捉する。その時、左から何かが迫ってくるのが見えた。藤澤はまだ気付かずミサイル発射態勢に入っている。


『ロックオン、ガイ、ゴーイングFOX――』


「ガイ、攻撃中止(ノック・イット・オフ)ッ!ライトブレイク!」


 黒江は無線に叫び、回避急旋回を取った。藤澤も同様にミサイル発射を中止して回避する。


『なんだ』


「ステルスだ!」


 黒江は無線に怒鳴り返し、素早く火器管制レーダーをドッグファイトモードにして起動する。同時にAAM‐5Bのスターリング冷凍機が感知部(シーカー)を冷却する。平面的なステルス性を意識したなめらかな曲線を描くダークグレーの双発の戦闘機。笠原のために資料をまとめていたので、すぐにその正体が分かった。


 中国軍のステルス多用途戦闘機、殲撃J‐31だ。殲撃J‐31は輸出を目的として開発されており、大型機の多い第五世代機の中では中型戦闘機の規模だが、その分運動性能は高いと予想されている。


 その殲撃J‐31の姿が背後に消えた。黒江は操縦桿を切り、追尾を振り切りにかかる。


「J‐31だ。目視したか」


『分からない。とにかく、追尾を受けている』


 藤澤機を探しながら旋回を続ける。藤澤の姿が見えた。その後方をもう一機の殲撃J‐31が滑る様に占位した。


「ガイ、チェック・シックス、レフト・ブレイク!」


 黒江は無線に怒鳴りつける。殲撃J‐31はぴったりと藤澤に食いついていた。黒江は援護位置(フォローポジション)につこうと旋回する。もう一機の殲撃J‐31は黒江を追いきれず、一度離れたが、旋回して戻ってくる。


「レフト・ブレイク、コンテニュー!ガイ!」


『ファル、ダメだ、振り切れない』


「Gを緩めるな、ガイ」


 黒江が無線に怒鳴った時、藤澤は右旋回して逃げる。黒江は思わず舌打ちしたくなる気持ちを押さえて追う。殲撃J‐31がウェポンベイを開いてミサイルを発射し、藤澤機に向かった。黒江機の後ろからも殲撃J‐31が追い縋ってくる。


「ミサイル!ブレイク、ブレイク!」


 黒江は警告しながらフレアを放出しながら急旋回する。藤澤のF‐18EJはフレアをまき散らしながら回避急降下する。ミサイルは一瞬フレアに向かったが、途中で針路を変えて藤澤機を追尾し始めていた。しかし藤澤はその旋回半径になんとか入ってミサイルを回避する。


『ファル、後ろだ!』


 藤澤に気を取られていた時、機体のすぐ近くを曳光弾のオレンジ色の光が通った。黒江を追う殲撃J‐31が目と鼻の先まで接近していた。咄嗟に黒江はスロットルを絞って機首を持ち上げる。藤澤は回避しながらも黒江を見失っていなかった。


 強烈なGがかかった。意識が遠のく。それに耐えた数瞬の間に殲撃J‐31が黒江を追い抜いてオーバーシュートした。スロットルをアフターバーナー・ゾーンに叩き込み、殲撃J‐31を追尾する。


 普段から笠原の無茶を聞く九二八号機は素直に動いてくれた。JHMCSで捕捉し、AAM‐5BのシーカーヘッドがJ‐31を追尾する。


FOX2(フォックストゥー)!」


 黒江はコールしながらリリースボタンを押し込む。電気的に翼端のランチャーからAAM‐5B短距離ミサイルが飛び出し、固体燃料ロケットモーターによって瞬間的にマッハ三に加速する。


 殲撃J‐31は回避機動を取っていたが、ミサイルは殲撃J‐31の旋回半径に回り込んでその胴体を食い破って弾頭を炸裂させた。殲撃J‐31の機体が内部から爆発し、四散して炎上しながら東シナ海へ落ちていく。


「ターゲット・キル!」


『ファル、ボギーがそっちに反転した。三時の方向(スリーオクロック)上方(ハイ)!』


 藤澤が警告した時、殲撃J‐31が機関砲を発射した。曳光弾がこちらに向かって伸びたが、黒江は咄嗟に左に九十度バンクを取りながら回避旋回していて、火線に射止められることなく、躱していた。


『ボギーの後方を占位した、FOX・GUN(ガンズ)


 藤澤が宣言する。藤澤機のM61A1バルカン砲が発射され、20mm徹甲焼夷(API)弾の火線が伸びた。火線の先にいた殲撃J‐31の機体から炎が噴き出し、大きくぐらつく。被弾したJ‐31はそのまま炎上して海に向かって吸い込まれるように落ちていく。


『ターゲット、ガン・キル』


『さらにステルスと思われる機影を探知。数2、方位230』


『シーウルフ13、ターゲット・会敵(マージ)


 秋本達が殲撃J‐31と交戦を開始する。巡航ミサイルに対しては《はるな》と《あしがら》がRIM‐4中距離艦対空誘導弾を発射した。




 敵性航空機(バンディット)に接近していた今井と小池は、三十マイルまで近づいたところでミサイル攻撃を受けた。


「ノイズィー、ノック・イット・オフ! ブレイク・ライト、ブレイク・ライト!」


 今井は怒鳴りつけるとチャフ・フレアを放出して左へ回避急旋回(ブレイク)する。小池は右に回避し、二機は腹を向け合うようにして一瞬で散開した。一気に高度を千フィートも降下し、ビーム機動を取って敵のロックオンを外しにかかる。


「ビーム機動を取れ!レーダーミサイルが来るぞ!」


『ラジャー!』


 小池の声も切羽詰っている。防御位置に遷移するため、大G旋回で急激に針路を変える。強烈なGに耐えると、過荷重警報システム(OWS)のアラームが鳴り響き、耐Gスーツが身体を締めあげる。小池も同様に反対方向に向かって回避を続けている。


 無防備に接近すれば攻撃を受けるのは目に見えていた。無駄に攻撃に晒されていることへの怒りがこみ上げてくるが、今は冷静に対処しなくてはならない。


 MWRが鳴り、四時方向からミサイルが接近していることをJHMCS上に知らせていた。そちらを振り向く無駄な真似はしない。音速の四倍で飛んでくるミサイルを目視確認することはほとんど不可能だ。


 チャフを放ち、バンクを切って回避急旋回する。ミサイルの旋回半径の内側に回り込む。池田の位置をじりじりと目だけ動かしてレーダーディスプレイ上で確認しながらアフターバーナー全開で急旋回する。


 ミサイルがチャフに吸い寄せられて自機のすぐ後ろを飛び抜けていった。バンクを切って池田を探す。池田もミサイルを回避したらしい。


『スノー、ノイズィー、そのまま飛べ。援護する』


 いつも通り冷徹な的場の声が降って来た時には普段、祈りもしない神に感謝した。


「ラジャー。ノイズィー、このまま離脱する」


 今井は指示をしながら索敵のために頭を巡らせた。いくらレーダーが優れた現代戦においてもレーダーだけが頼りになるわけではない。


『スノー、ボギー・ホット! 十マイル!』


 小池が叫ぶ。小池に的場が対処している敵機とは別の敵機が迫っていた。


「今そっちに向かう!回避しろ!」


 今井は機首を巡らせ、池田に向かった。距離は一瞬にして二十マイルも離れていた。敵の方が速い。燃料計を気にしている余裕はなく、今井は再びアフターバーナーを全開にした。


『ボギー、ワン・キル』


 的場が宣言した。背後の方向を振り返ると火炎と黒煙の入り混じった煙に包まれた機体が流星のように海に向かって落ちていくのが見えた。すでに的場は今井を追って小池の援護に駆けつけようとしている。今井も負けてはいられなかった。



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