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act1-4

神奈川県

厚木基地

3 August.2021



 厚木の朝は早い。まだ午前七時だと言うのに厚木基地のエプロンには艦上航空隊のF‐18戦闘機などの機体が整然と並び、海上自衛軍の対潜哨戒機は離陸を始めていた。


 第103飛行隊のブリーフィングルームでは、朝礼を兼ねたモーニング・レポートの全体(マス)ブリーフィングが開始されていた。


 ブリーフィングルームは戦術面など機密を扱うので関係者以外立ち入り禁止のパイロットたちには神聖な場所でもある。広い会議室のような部屋の正面には大型のスクリーンが設置され、そのスクリーンに向かってサイドテーブル付きのパイプイスが並んでいる。


 第103飛行隊隊長、TACネーム、〈JEANE(ジーン)〉の布施修(ふせおさむ)一等空佐、そして飛行班長たる的場二佐は飛行服姿で最前列右側のイスに座り、ブリーフィングを共に確認している。序列順になっていて偉い人間から前の列となるが、二列目は着艦資格訓練を受けている訓練生たちだ。


 進行を行うために的場の前に立つのは今週の当直幹部である今井一尉。長身細躯の色白で、新潟県出身のために〈SNOW(スノー)〉というTACネームを拝命していた。


 まずはウェザーブリーフィングが行われ、厚木基地気象隊の予報官が基地上空や訓練空域など周辺の気象状況についてプロジェクターを用いて説明する。予想天気図や気圧配置、風向、風速など非常に細かい内容だ。


 パイロット側からも細かい質問が行われる中、若い気象幹部の深山陽子(みやまようこ)二尉は淡々と応答していた。顔立ちは整っているが、愛想が無いのが玉に傷だ。


「以上です」


 深山二尉はにこりともせずに頭を下げた。続いて航空情報(ノータム)ブリーフィングが行われる。通信や使用する航空路、訓練空域、緊急時の代替飛行場の情報などだ。それが終わると機体の整備状況などの説明が整備小隊長から行われた。


 第103飛行隊の保有する航空機は単座のF‐18EJ十六機、複座のF‐18FJ六機だ。稼働率は非常に高い。整備性の良い艦上戦闘機な上、腕の良い整備員たちが揃っていた。


 その他、連絡事項などが済むと布施が壇上に立った。


「先日、嘉手納のF‐15が防空識別圏に侵入した人民解放軍のステルス戦闘機、J‐20を要撃した」


 布施の言葉に一同の表情がより真剣度を増した。


「人民解放軍がステルス戦闘機を実戦配備したことが明らかになり、監視体制の強化が決定。第102飛行隊(イチマルニ)が東シナ海に向かう《きい》へ展開することとなった。南西方面の情勢は緊張が高まり、我々艦上航空隊(かんこうたい)への期待も高まりつつある。各人、今一度常在戦場の気概を持って訓練に臨むように。以上だ」


 静かだが重い響きのある言葉を布施は残し、モーニング・レポートを締めくくった。


 第102飛行隊は同じ艦上航空隊の飛行隊の一つだ。鹿屋基地をマザーベースにして航空護衛艦に展開する。《きい》とは海上自衛軍が保有する航空護衛艦のうちの一隻だった。


 モーニング・レポートが終わり、パイロットたちは訓練の準備に取り掛かる。笠原は指揮所(オペレーション)に向かうと飛行前(プリ・フライト)ブリーフィングの準備に取り掛かった。


 しばらくしてカーンこと高平(たかひら)清則(きよのり)三尉が笠原を呼びに来る。高平は以前いた戦闘機部隊(タック)ではORオペレーション・レディ――任務待機――まで進んでいて部隊勤務の実績はそれなりにある。しかし少々、調子者のきらいがあり、調子が良いと勢いづいて熱心になるが、調子が悪いときはフライトにも影響するほどだ。なかなか厄介な新人の手綱を取るのに笠原は苦労していた。二人は、対抗役の藤澤とその生徒である福原三尉、そして補助の指導役である安藤一尉と今井一尉が待つ机に向かった。


 本日のファースト・ピリオドは二対二(ツーバイツー)ACMエア・コンバット・マニューバ──空中戦闘機動――訓練を行う。使用機数は四機だが、うち訓練学生の二人が乗る二機は複座型のF‐18FJで、その後席には安藤と今井がそれぞれ乗り込むことになっていた。笠原は高平の僚機(ウィングマン)として単座のF‐18EJに乗り込む。


 プリ・フライト・ブリーフィングは、これから共に飛ぼうとするパイロットが一つの机を囲み、航空路図や天候データなどを並べ、フライトの内容、注意事項、不測事態への対処などを互いに確認するものだ。


 第103飛行隊においてその進行役は生徒が担当する。今日は“HUKUフク”こと福原健太(ふくはらけんた)三尉が司会だった。福原は見た目も性格も穏やかでとても戦闘機乗り(ファイター)らしくない印象があるが、勤勉で呑み込みが早い。


 笠原はむっつりした顔でブリーフィングを見守り、安藤や藤澤から質問を浴びせられた福原の様子を見ていた。進行役は口ごもることなく、その質問に答えなくてはならない。


 この時ばかりは訓練生達にとって、先輩パイロット達が餓えるハイエナにも見える。熟練のパイロット達の鋭い眼光に晒され、自分の欠点を見透かされている。隙を見せれば食われる。すらすらと答えられれば任務の理解が充分だということだ。


 笠原は訓練生への質問が他の者からあればブリーフィングを進める訓練生にその不足事態が起きる兆候や原因などを続けて追求する。訓練生がそれに答えられなければ淡々と追い詰める。訓練生達はこれを乗り切って初めて飛べるのだ。


 こんな地上での場面で緊張や尻込みしているようでは空でも満足に戦えない。この飛行隊は創設間もないが、発足させた当初の要員の多くは元飛行教導隊――現在の飛行教導群――のパイロット達で、飛行教導隊の伝統も受け継がれている。


 プリ・フライト・ブリーフィングを終えると笠原と高平はさらに個別のブリーフィングを行った。ウィングマンとの連携の仕方や出方を確認し、お互い無言でも連携が取れる様にする。今回の編隊長役は高平であり、高平の計画だった。様々な条件を想定しなくてはならなく、高平の説明だけでは満足しない笠原は様々な質問をして高平を苦しませる。特に今回戦うのは藤澤だ。笠原としては個人的にも決着をつけたい因縁の相手である。普段はお調子者の高平も緊張した面持ちでこと細かく説明しなくてはならなかった。


 ようやくブリーフィングを終えると二人は救命装具室へと向かった。



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