act2-6
太平洋
航空機搭載護衛艦《かが》
September 18.2021
笠原が《かが》に着艦するとすぐさま駐機スポットで機体整備作業が始まった。給油と再武装を行いすぐさま再出撃するのだ。待ち構えていた甲板要員達がすぐさま機体に取り付き、ホットフュエリング──エンジンを回したまま給油──を行い、架台を使って空対空ミサイルや増槽が運ばれ、装備されていく。さながらF1のピットインだ。
きい型は二基のカタパルトを備えているが、基本的には発艦と着艦は同時並行では行われない。そのため、着艦を終えると飛行甲板全体はすぐさまターンアラウンドに全力を注ぎ、続いて発艦態勢に移行することになる。そのため飛行甲板は今までにない騒ぎだ。次々にF‐18戦闘機が空対空装備を施されて発進する準備を整えている。《かが》は針路を大きく南に取り、敵艦隊と距離を取りつつあった。艦載機の離発艦時は風上に針路を取るので護衛隊群全体は大きく蛇行を繰り返すように航行している。
『グリフィン10、こちらイーグルネスト。発艦を許可』
『グリフィン10、ラジャー。発艦する』
被弾し、今も炎上する護衛艦に向かって救難任務を帯びたMCH‐101掃海輸送ヘリがヘリスポットより飛び立つ。艦載機の事故に備えて待機する救難ヘリや対潜哨戒ヘリの一部も現場に向かっていた。すでに重傷者を救出してきたSH‐60K対潜哨戒ヘリが着艦し、医務官らが負傷者を受け取って艦内に運んでいる。
『シーウルフ09、着艦を許可。直ちに補給を受けよ』
『ラジャー。シーウルフ09、着艦する』
今井一尉が着艦を開始する無線が聞こえていた。その時、コックピットに誰かがよじ登ってきて笠原を見下ろした。
「シャドウ、下りろ」
そう命じたのは安藤だった。フル装備でヘルメットを抱えていた。
「俺が乗る。お前は空護に残れ」
その有無を言わさない言葉の意味は、機体から降りろと言う命令だった。
「分かりました」笠原は食い下がらずに素直に従い、ハーネス等を外して直ちに機体を降りる準備にかかった。
「安藤一尉!シャドウは《かが》を守ったんですよ!」
大人しく従った笠原に対して、隣の機体に乗り込んでいた黒江が異議を唱える。
「それが正しかったか、間違ったことだったのかは関係ない」
そこへやってきたのは的場だった。的場も耐Gスーツを着こんでいる。
「でも……」
「ファル、俺のことはいい。目の前の事に集中しろ。《かが》を守れ」
「……、」
黒江は笠原の目を見つめる。
「死ぬなよ」
「……分かった」
黒江は頷く。
「ついてこい」
笠原は的場に続いて艦橋に向かう。《かが》は戦域から離脱するために戦闘が一時的に収まった現在も第五戦速(30ノット)で航走中で、黒煙を上げている護衛艦の姿は遠ざかっている。それは、まるで笠原達の敗北の印のように見えた。
「《しまかぜ》だ。《かが》を守るために盾になった。対艦ミサイルの針路に割り込んだんだ。撃沈は免れまい」
身をもって対艦ミサイルから《かが》を守った代償は大きかった。《しまかぜ》にはすでに総員退艦の命令が下されていた。一体、何人が犠牲になったのだろうかと考え、笠原は気が滅入った。
「状況は深刻だ。《かが》以下第五護衛隊群を攻撃すると同時に沖縄と先島諸島、尖閣諸島に中国軍が侵攻した」
「沖縄にも……?」
「那覇に空挺部隊が降下しているらしい。中国海軍の艦隊が日中中間線を越え、南下中だ。空母や強襲揚陸艦を含んだ二十隻以上の大艦隊だ」
「その空母の艦載機が我々を攻撃したのですか?」
「我々を攻撃したのは南側の《遼寧》の艦載機だ。先島諸島を目指して北上している」
「二個艦隊による大規模攻撃……」
これは軍事衝突、紛争というレベルを超えている。笠原は顔色を青ざめさせた。
「度重なる命令無視、さらには中国機の撃墜。弁明のしようもないな」
「弁明するつもりはありません。自分がやったことは自衛官としてあってはならない違法行為です」
笠原が言い切ると的場は冷たい目を向けてきた。
「そうだな。当然飛ばすことは出来ない。この馬鹿みたいに忙しい時に……」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの的場の態度に笠原は反応に戸惑った。
「部屋での謹慎を言い渡す。あとの処分は追って伝える。以上だ」
笠原は的場に敬礼する。しかし内心のはらわたが煮えくり返っていた。
本当に的場の言う通りだ。今、戦力が一人でも欠ければこの空護にとっても、そして日本にとっても危うい局面なのに。だが、あの時、自分は他にどんな行動を取るべきだったのか、笠原には分らなかった。
短くなってしまったのと、感想もたくさんいただいているので今週もう一度更新します。