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宮古島
宮古島分屯基地
September 18.2024
国境の最前線にあるここ宮古島の第53警戒隊防空監視所は緊迫した空気に包まれていた。中国と台湾との軍事衝突を受けて警戒態勢が強化されている。軍事的緊張度は最高に高まっていた。
今月の初め、領空に接近した多数の中国軍機を探知した松木三等空曹も、警戒配備態勢の中、レーダースクリーンを睨んでいた。
もし中国が攻勢に出れば真っ先に狙われるのはレーダーサイトだ。松木の緊張は高まっていた。松木だけではない。指揮官らの表情も険しい。外に展開した高射部隊や嘉手納基地から派遣された基地警備隊の派遣隊も緊張を強いられているだろう。
J/FPS‐7固定式警戒管制レーダーは非常に高性能で台湾海峡まで見渡すことができた。台湾国内の空港は中国との軍事衝突によって多くが閉鎖されている。レーダースクリーンは普段、中国や台湾、そして両国に向かう航空機で賑やかだが、今はレーダーが故障したのではないかと思うほど静かだ。台湾側は戦闘空中哨戒を台湾海峡手前に常に張り付けていて、中国側も同様に哨戒機を飛ばしている。日本もまた空護をプラットホームにCAPを行っていた。
この三つ巴の空域は、どちらか一方の軍事的均衡がわずかに崩れればたちまち戦場になりかねない緊張があった。
松木三曹が瞬きした時だった。東シナ海の海上に多数の航空機がほぼ同時に出現した。現れた目標の照合が自動的に行われるが、フライトプランにない。レーダーの探知距離内に入った機が次々に追尾を開始されるが、数は十や二十を超えていた。
「また来やがった……」
今月の初めに中国人民解放軍が実施した訓練を思い出し、松木は生唾を飲み込んだ。
防空監視所は騒然となる。
「各ポジション、対領空侵犯配置。ターゲット、領空侵犯する恐れが高い」
松木は素早くレーダーの周波数を変更し、サーチモードからトラッキングモードに切り替え、高度や速度、機首方位などの特定にかかる。サーチモードよりも細かい数値が出てくるが、それにつれてレーダーサイト内の隊員たちの表情は厳しくなった。
サーチモードで識別された目標はどれも二次レーダーには表示されず、ESMからの情報ではレーダーを切り、無線封鎖している。各機はどれも戦闘機ないし戦闘爆撃機と判定され、それは編隊を組んで日本の領空へと急速に接近しつつあった。
「ターゲット、針路105、スピード510、領空侵犯の可能性高い」
「了解。防空指令所より通告の許可が出た。通告を実施する」
レーダーサイトから英語、中国語による通告が行われる。
『注目せよ、注目せよ。こちらは航空自衛軍……』
「要撃機上がりました」
嘉手納及び宮古島の南にいる航空護衛艦《かが》からスクランブルが上がった。嘉手納のCAPも向かっている。間もなく要撃機が会敵しようとした時、レーダー・オペレーション・ルームに警報のアラートが鳴り響く。
東シナ海側の海面から突然、正体不明の飛翔体が飛び立った。低空を亜音速で飛び、飛翔体はここを目指していた。状況とレーダーの反応、挙動からして恐らく巡航ミサイルだ。
「巡航ミサイルです!向かってきます、数二!」
始まった。始まってしまった。松木は背筋に走った悪寒に身を震わせながらもデータを読み上げた。指揮官達士官クラスの怒号が飛び交う。飛翔体は低空を飛び、嘉手納の早期警戒管制機も捕捉し、自動警戒管制システムで情報が共用され、レーダースクリーンには複数の巡航ミサイルと思われるブリップが映っていた。
松木は天井を見上げた。このレーダー・オペレーション・ルームは地下のシェルターに存在するが、攻撃に耐えられるかどうかは分からなかった。
東シナ海
沖縄本島より七十マイル北
September 18.2021
東シナ海海上で戦闘空中哨戒に当たっていた第304飛行隊のF‐15Jのパイロット、堀口侑太一等空尉は急遽、嘉手納防空指令所の指示を受け、防空識別圏に侵入し、領空に接近する国籍不明機の要撃に向かっていた。
中国の動きが異常な今、何が起こっても不思議ではないと同僚も言っていた。その言葉が現実になったようだった。レーダーには十機から二十機近い大編隊が映っていた。うち十機は大型機、他は戦闘機らしい。誤って防空識別圏に侵入したわけでもなければ、航法訓練や偵察と言った類の飛行ではない。
『エドバー13、こちらコーラル。ターゲット、北側集団、方位340、距離六十マイル、高度一万五千。西側集団、ベクター320、レンジ68、アルト17』
防空指令所が彼我の情報を知らせる。
目標機をロックオンする事によりその航空機の機種を判別する非協同型目標識別では戦闘機はSu‐27系統の戦闘機、大型機はIl‐76及びY‐20輸送機だと判断されている。彼我の距離は六十マイル(百十キロ)。途方も無い数字に思えるが、三、四分もあれば目視距離に近づくことになる。
『現在、SSが通告を実施。依然応答なし。|目視確認せよ《メイク・ビジュアルID》』
「エドバー13、ラジャー」
事務的に堀口は答え、平静を装った。僚機を気にする。今日のウィングマンは黒川文隆二尉。今もぴったりと二機編隊の基本隊形であるスプリットを保っている。
「モンタ、クールに行こう。目標の数にビビるなよ。訓練通りだ」
『訓練じゃ二十機を相手に二機で対領空侵犯措置をしたことなんてないですよ』
ぼやく黒川は不満そうだ。
「すぐに嘉手納から応援が来るさ。それまでの辛抱だ」
堀口は気楽を装ってそう言うともう一度レーダーを見た。この数は確かに今まで経験したことはなかった。
「よし。後ろに回るぞ。レフトターン、ナウ」
二機は二十機もの大編隊の後方に回るべく旋回を続ける。目標との距離が三十マイルを切った時、戦術電子戦システムが追跡警報を発した。戦闘機が火器管制レーダーを使用してこちらを捕捉しようとしている。さらにレーダー画面が白く染まり、無線が雑音に包まれる。電子戦攻撃を受けていた。
『ホーリー!』
雑音交じりの黒川の声が耳朶を打つ。黒川もレーダーに追尾されている。
「まずいぞ。コーラル、聞こえるか。コーラル。こちらエドバー13」
無線妨害を克服しようとしていた最中だった。警告音がレーダー警報装置に変わって耳元で鳴り響く。攻撃警報だ。ロックオンされ、ミサイルが飛んでくる。
「くそ!コーラル、こちら13!ロックオンされた!回避する!」堀口は無線に怒鳴り、返事を待たずに黒川に警告を発する。
「モンタ、回避急旋回!チャフ・フレア、放出!」
そう咄嗟に叫んで操縦桿を倒す。二機はレーダー波から逃れるために回避急旋回を行う。チャフとフレアが放たれ、アルミ被膜されたグラスファイバーのチャフ弾がレーダーに虚像を作り出すチャフ雲を形成する。
操縦桿を弾くように左に倒して大G旋回。たちまち「オーバーG」の警告音声が流れる。体が強烈なGが身体を襲い、射出座席に押しつぶされそうになる。それでもGは緩めずに旋回を行う。ミサイルが発射されたことがまだ信じられなかった。
『エドバー13、応答せよ』
雑音の中、GCIからの声が呑気に聞こえる。堀口はそれに応答する余裕もなく、Gに耐えて旋回を続ける。堀口のすぐそばをミサイルが通り過ぎた。堀口にはキャノピーを掠めるほどの近さに感じられたが、近接信管が作動しなかったことからそれなりの距離はあったのだろう。しかしミサイルが通り過ぎた後も警報は鳴りやまなかった。
機上妨害装置は働いている。チャフをさらに撒いて逃げる。
「モンタ、大丈夫か」
『大丈夫ですが……!このままでは……!』
「ブレイク、ブレイク!」
操縦桿をへし折るような勢いで倒す。機体は素直に堀口の操作に従って旋回する。
「コーラル、こちらエドバー13。攻撃を受けている。繰り返す、攻撃を受けている。武器使用許可を求む!」
二機がこちらに向かってきていた。J‐15艦上戦闘機だ。背後を取ろうと旋回を開始していた。黒川機にも二機が向かっている。
『エドバー13、応答せよ』
「コーラル、こちらエドバー13!」
中国軍機からのECMで報告が伝わっていなかった。その間にも中国機が襲い掛かってくる。
「くそっ。モンタ、六時方向警戒!フランカー二機」
警告した時、黒川機に向かって二機のJ‐15が二基ずつミサイルを発射した。
「モンタ、ミサイルだ!ブレイク、ブレイク!」
黒川がチャフとフレアを大量にばら撒きながら機首を海面に向けて回避行動を取る。MWRが鳴る。ミサイルが堀口機にも迫っていた。操縦桿を左に倒して急旋回し、チャフとフレアを放つ。
『ホ……リー』
唐突に無線が途絶え、黒川とのデータリンクが途絶した。驚いて振り返ると黒煙が海面に向かって伸びているのが見えた。
「モンタ!」
そう叫んだ時、ミサイルが堀口機のエアインテークに直撃した。堀口の意識はその衝撃で失われ、堀口一尉を抱えたままF‐15Jの機体は爆発四散した。




