act1-8
護衛艦が被害を受けたらしい。しかしそれを確認している間もなく、黒江は後方からの追撃から逃れるべく旋回し、反転して上昇していた。笠原は黒江を追っていたJ‐15フランカー戦闘機と空戦を繰り広げている。
『シーウルフ01、交戦は許可しない!繰り返す、交戦は――』
『FOX2』
E‐2Dホークアイ早期警戒機からの無線を遮った笠原の矢継ぎ早なコールが聞こえると、次の瞬間には笠原機の翼端のハードポイントよりAAM‐5B短距離ミサイルが発射された。
『01、交戦許可は下りていない!』
兵器管制官の声は途中から聞こえなかった。発射されたミサイルはTVCベーンを作動させて二十Gを超える急旋回を行い、攻撃を仕掛けてきたフランカーに向かう。フランカーはその攻撃に対し、咄嗟にフレアを撒いて対抗するが、赤外線画像誘導方式のAAM‐5Bはフレアに惑わされることはなかった。AAM‐5Bは近接信管を作動させ、指向性弾体の破片をフランカーに叩き付ける。
黒江の鍛えられた目には後方に過ぎ去ろうとするフランカーの両エンジンが吹き飛び、垂直尾翼が千切れ、炎が機体に回ろうとするのがはっきりと捉えられた。
背後で爆発音と共にフランカーが火球に変わり、黒煙を引いて海に落ちた。RWRが再び鳴り響く。黒江の後方にもう一機が回り込もうとしている。
『ファル、後方警戒!応戦しろ!』
もうここは実戦の空だ。自衛官が今まで外国機に対して訓練以外で交戦を宣言したことなどない。黒江はその事実の重さに驚愕していた間に後方を占位された。
『ファル、左回避旋回!六時方向、敵機!』
笠原の声が耳を突き抜ける様に響く。黒江は咄嗟に左へ急旋回する。
強烈なGに耐えながら回避を続ける。黒江機の後方に回り込もうとするフランカーの後方に笠原のF‐18EJが回り込む。黒江の追撃を中止し、フランカーは回避に転じる。
『シーウルフ01、交戦許可は――』
『FOX2』
再び完全に管制機からの指示を無視した笠原の冷たいコールが聞こえた。笠原のF‐18EJから離れたAAM‐5Bがフランカーを直撃する。主翼をもぎ取られたフランカーのパイロットが座席を射出させた。
笠原のF‐18EJは機首を巡らせる。その先には離脱するJ‐15Sの二機編隊があった。
『攻撃中止!シーウルフ01、攻撃を中止せよ』
笠原はなおもJ‐15Sを追尾していた。
『攻撃中止!シーウルフ01、攻撃を中止せよ』
レーダーモードを変更し、対艦ミサイルを発射して離脱する二機のJ‐15S戦闘爆撃機を捉える。J‐15Sは編隊を解いて回避急旋回し、チャフなどで対抗手段を取っている。笠原も翼を垂直に立てて機首を巡らせ、Gに耐えながら南側に離脱するJ‐15Sを追った。
『シャドウ、ホールドファイアだ。シャドウ!』
黒江の呼びかけが耳に届いた。警告音が鳴る。黒江機のレーダーに追尾を受けている。
「ファル、邪魔をするな」
シーカーオープン。J/APG‐3火器管制レーダーでターゲットを捕捉。瞬時にAAM‐4Cに目標のデータがインプットされ、ロックオンを報せる電子音が鳴る。今すぐ発射しても命中するだろう。
『シャドウ、ホールドファイアだと言っている!今すぐ攻撃を中止しろ!』
レーダー警報装置が鳴った。黒江機にロックオンされた。
「撃つ気か」
Gに耐えながら絞り出すように聞く。
『今すぐやめなければ撃つぞ。これ以上は外交問題になる』
「まだ分からないのか!あいつらはアンノウンなんかじゃない!敵だ。俺達の航空母艦を明確な敵意を持ってASMで攻撃してきたんだぞ。もうすでに交戦状態だ!」
『相手は離脱しようとしている。無用な攻撃だ』
「馬鹿な。いいか、こいつが戻って今飛んで得た情報を敵に与えればさらにこっちは不利なる。そしてこいつは対艦ミサイルを抱えて舞い戻ってくるぞ。撃ち落とす」
笠原はJ‐15Sの取る対抗手段に対抗しながらレーダーが追尾しているJ‐15Sをロックオンした。
『シャドウ、やめろ……!』
黒江の悲痛な叫びに笠原はミサイルレリーズを押そうとした親指を放した。
J‐15Sはその隙に離脱する。
「ファル……」
笠原は思わず呟いた。逃げ出すJ‐15Sを見逃し、笠原は機体を水平に戻す。しかし、状況はさらに深刻な事態へと進んでいた。
『新たな目標現出。国籍不明機、数六。方位290から315、散開しつつ接近。距離110、高度20、機首方位105、速度マッハ0・8。……待て、うち二機が突出した。マッハ1・5、急速接近中。シーウルフ01、回避せよ』
別の兵器管制官が読み上げた。レーダーを見て笠原は息を呑む。突出した二機は笠原が追撃したJ‐15Sを守ろうとしているのだろう。データリンクではさらに後続がいることが明らかになっている。
「増援はまだか。嘉手納の機はどうした?」
嘉手納からもスクランブルは上がっているはずだった。
『シーウルフ01、現在、宮古島レーダーサイトと通信途絶、嘉手納基地は攻撃を受けており、増援はない』
その言葉を聞いて一瞬、言葉を失った。
「なんだって?」
『繰り返す。嘉手納基地は攻撃を受けている、増援はない。シーウルフ01編隊、離脱せよ。シーウルフ03、04が対応する。帰艦し、補給を受けよ』
『こちらシーウルフ15、エアボーン』
『こちらシーウルフ07、北側からミサイルを発射した二機は離脱した。追撃の許可を求む』
『シャドウ、ワイズだ。すぐに《かが》に戻れ』
こちらに急行する和泉が呼びかけてきた。
「ラジャー」
ファルに反転を指示しようとした時、IEWSが警告を発してきた。
「畜生、撃ってきた」
接近する戦闘機二機から中距離ミサイルが合計四基発射され、レーダー上にもミサイルと識別されたシンボルが接近してくる。
「ファル、ブレイク、ブレイク!チャフ・フレア、アウト。ビーム機動」
チャフを放ちながら笠原は大G旋回で離脱する。黒江が気になったが、黒江も即座にビーム機動に移行し、チャフとフレアを放つ。
一機に対して二基ずつ放たれたミサイルはそれぞれ間隔が空いている。周到な敵だ。
「ワイズ、攻撃を受けている」
『シャドウ、耐えろ。今向かってる』
和泉が呼びかける。笠原は回避機動を取り続けた。アフターバーナー全開でミサイルから逃れようとGに耐え続ける。耐Gスーツが下半身と上半身を締め付け、体がねじり上げられそうになる。骨が軋んでいるようだった。過荷重警報システムのアラームが鳴りっ放しだが、さらにGを掛け続ける。
『オーバーG、オーバーG』
視界が暗くなっていく中、警告の音声が聞こえてきた。制限値以上の大G旋回にも機体は耐えている。F/A‐18Eは7.5Gではリミッターがかかるが、三菱を初めとする日本企業はF‐18EJを頑丈に作ったようだった。
IEWSの警告音が消えた。ミサイルの回避に成功したらしい。対G呼吸のせいで笠原はまだ安堵の息すら付けずに次の行動に入る。
「ファル、応答しろ」
『生きてる。回避に成功』
黒江の声も荒い息で余裕がない。さらに攻撃レーダー波をIEWSが検知する。反撃しなくては後ろから狙い撃ちにされる。
「ファル、先に離脱しろ。俺が引き付ける」
中距離ミサイルを撃ち尽くした黒江は今やただの的だ。
笠原は素早く兵装選択装置でFOX3を選択し、レーダーを捜索モードから捕捉に切り換え、接近する二機の戦闘機をロックオンする。距離はすでに三十マイルを切ろうとしていた。必中距離だ。発射キューが点灯する。敵は笠原達がミサイルを回避している間にさらに攻撃ポジションに移動していた。
「シーウルフ01、FOX3」
笠原はAAM‐4Cを発射した。二基同時発射し、さらに二基を五秒遅れで発射する。中国機が回避機動を取る。
「ブレイク!」
直ちに反転離脱し、敵機からの反撃に備えて距離を稼ぐ。アフターバーナー・オン。先に反転離脱する黒江を追いかける。
ミサイルのアクティブレーダーが作動、ミサイルは回避機動を取る中国機へと向かう。目標着弾タイマーが作動し、それがゼロになった時、レーダー画面上に映っていた中国機のシンボルが消失した。撃墜だ。二基の中国機がミサイルの直撃を受けて墜落する。
「ターゲット、キル」
笠原は息を漏らす。残りの四機は引き続き接近していたが、態勢を立て直そうとしているのか反転し、離脱していく。その四機の対処に向かう和泉と池田とすれ違った。
笠原は燃料計を見た。増槽一本の軽装で走り回り、だいぶ燃料を食っていた。ビンゴまであとわずかだった。
「シーウルフ01、RTB」
笠原は眼下の海を睨んだ。艦隊の北側で護衛艦が一隻被弾して今も炎上し、黒煙が上がっていた。




