act1-1
「敵と戦う準備を万全にしておくほど平和に繋がる可能性の高い行いはない」
── ジョージ・ワシントン
Phase1
深いトルマリンブルーの海にいくつもの小さい雲が低空を漂い、影を落としている。空も青く晴れ渡り、目が痛かった。
その空の中で周辺視を最大に活用して敵を探す。J/ASQ‐3統合電子戦システムの電子戦コントローラに統合されているレーダー警戒装置のアラートが耳元で電子警告音を断続的に鳴り響かせていたが、敵が見つからない。
IEWSは脅威電波の受信から識別・脅威度評価、対抗策実施までをシステム的に実施、電子戦妨害装置で敵のレーダーを撹乱し、その発信源の方位を電子支援装置で探知する。それを頼りに飛ぶ。
視界の中にほんのわずかな動きを捉え、視線を走らせる。常人なら気づけない空の中に針を刺したような小さな点を、戦闘機パイロットの眼は捉え、右手に握る足の間の操縦桿を反射的に倒した。
三重のデジタルFBWによってその操縦桿に入力された力は電気式アクチュエーターに伝えられ、動翼を動かす。
──遅い。
相対速度が速く、僚機に警告し、対抗策を取るためさらに操縦桿をなおも倒すが、すでにこちらを捕捉していた敵機は覆い被さるように襲いかかっていた。
操縦桿を倒したまま、左手に握るスロットルを押す。機体は急激な旋回を続けたまま、二発のF8‐IHI‐1Eターボファンエンジンの出力が増し、加速する。機首を巡らせた敵機が追ってきた。
5G、5・5G、6G……
フライトヘルメットに備わるJHMCSⅡ──ヘルメット装着式表示装置──に表示されたGメーターの数値が跳ねあがる。高G域に達し、過荷重警報システムがアラームを鳴らす。肺が圧迫され、臓腑が体の下に押し沈められる。目まで頭の奥に押し込められそうだった。
相手を振り回すようなジンキング。敵機の旋回半径に割り込もうと8G旋回。振り返り、敵機を直視する。
──奴じゃない。
ならばもう一方だ。ウィングマンに今見た方にプレッシャーをかけるよう指示する。
ウィングマンは後方の敵機の背後を取ろうと旋回し、詰め寄る。フレアを放ちつつ一機が後ろを離れた。
追ってくる敵機を振り切りにかかる。HOTAS――Hands On Throttle and Stick――により両手を操縦桿とスロットルから離さないまま、スロットルの多機能ボタンを操り、レーダー画面上の捕捉指示シンボルを操作。J/APG‐3火器管制レーダーで後方の敵機を目標に指定する。
再び翼を垂直に傾けてのコンバット・エッジの大G旋回。強烈なGがかかり、耐Gスーツが身体を締め付ける。骨が軋み、瞼が震え、息が苦しくなる。そうしてやっとのことで敵機の旋回半径に割り込んだ。そのまま旋回を続け、後方を取ろうとする。
敵機は状況が悪化しつつあることに気づき、打開を狙って離脱を図る。敵機の旋回Gが緩んだ瞬間、攻勢をかけた。
Gに耐えることでこめかみの血管が弾けそうだ。ウィングマンが、追っている敵機がこちらに向かうことを警告する。
耐G呼吸中で応答できずに送信ボタンを二度押しするジッパーコマンドで応えるが、あくまでもこの敵機の撃墜にこだわった。
JHMCSに表示される敵機を囲んだ目標指示ボックスにガン・レティクルが重なろうとする。フレアを射出し、敵機はジンキング。機体を振り回すが、こちらもぴったりと追従して逃がさない。しかし背後から猛然と敵機の僚機が迫り、攻撃レーダー波がびしばしと機体を叩き、警報が鳴る。ウィングマンが尚も警告してくる。時間がない。
機首を巡らせ、ラダーペダルを踏み、敵機を狙う。TDボックスにレティクルが重なる。刹那、操縦桿に備わるトリガーを引いた。
成果を確認する間も無く、ヘルメット内に鳴っていた警告音がより深刻なものとなる。
スロットルを握った左手で素早くフレアを放ち、パワーダイブ。
引き離すと、操縦桿を引いて機首を跳ね上げる。強烈なマイナスGが体を襲い、血流をコントロールするために耐Gスーツが下半身を締め付ける。機体荷重限界はまだだ。構わず操縦桿を引き続ける。
視界が歪み、暗くなっていく。蜃気楼の中のような視界で男は強烈なGに耐え続けた。
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