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東シナ海

尖閣諸島

24 August.2021



 尖閣諸島魚釣島。尖閣諸島の西端、石垣島の北西約百七十キロ、沖縄本島から約四百十キロ、中国大陸からは約三百三十キロの位置に存在するこの魚釣島を始めとする尖閣諸島は日中にとっても重要な要衝となっている。


 元々、日本の領土であることを認めていた中国も、一九六八年の海底調査の結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性が指摘されると領有権を主張、さらには沖縄までも中国に帰属するべきという荒唐無稽な主張をしている。


 中国人活動家による行動も激化している。中国漁船が大挙して押し寄せ、違法操業や領海侵犯を行い、果てには中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりし、巡視船を破損させ、船長が公務執行妨害などで逮捕される事件も発生した。


 その後の二〇一二年に日本政府による尖閣諸島の国有化が行われると、日中の対立はさらに深まった。中国国内で起きた反日デモでは日本人が暴行を受け、中国政府は中国海監の監視船などを連日に渡って尖閣諸島に展開させ、領海侵犯を繰り返した。中には日本の漁船を中国の監視船が妨害し、海上保安庁の巡視船と監視船が対峙する等の危険な事例もあり、その後も中国公船による領海侵犯や中国人活動家による抗議活動、漁民を装った工作船の出没などは続いている。


 さらに中国は海洋権益の確保を目的として二〇一三年には海監・海警・漁政・海関を整理統合して国家海洋局を再編、中国海警局を発足し、より機能を強化している。


 日本国内でも中国の南シナ海での埋め立て等による国際法を無視した強硬手段から尖閣諸島防衛と実効支配の強化を求める論調が強まり、政府は魚釣島に船着場と灯台を整備。海上保安庁の警備を強化している。さらに民間企業も国と協力して資源開発を進め、オイルリグや海底資源の採掘施設を建て、東シナ海のガス田を結んで那覇にコンビナートまで建設していた。当然中国はこれに反発。海警局の巡視船である海警船、時には駆逐艦などを送り込み、日本を牽制している。


 その沖縄の海を守る第十一管区石垣海上保安部所属の1000トン型PL巡視船《はてるま》は今日も日本の排他的経済水域内(EEZ)に侵入した海洋監視船に対し、警告を行っていた。


 中国・台湾の対立や中国政府の強硬な動きに東シナ海の緊張はより高まっており、船内には特別警備隊の隊員らも乗り込んでいて、海上保安庁も警備体制を強化していた。


「挑発してますね」


 双眼鏡を下ろした若い見張り員が言った。船長の船越幸次郎(ふなこしこうじろう)三等海上保安監も双眼鏡を下ろし、中国海警局の海警船、《海警3124》を睨んでいた。


 両舷に二連装の37mm機関砲を装備している二千トンクラスの《海警3124》は、海軍から移管された船だ。1300トンの《はてるま》に比べると全長も二十メートルほど長い。


《海警3124》は尖閣諸島沖で操業中だった日本の漁船に急接近し、不当な主張と根拠の元、何の権限も無しにその操業を妨害しようとしたため、《はてるま》は漁船を守り、中国船を追い返すためにその間に割り込むようにして《海警3124》と対峙している、というのが現在の状況だった。その《海警3124》の背後には中国漁船が控えているのだから性質が悪い。


「《海警3124》、領海に近づく」


「警告を継続。該船の針路に割り込め。両舷前進全速(ぜんそーく)


「両舷前進全速!」


 船越の指示が復唱され、《はてるま》が速度を上げる。


「あいつら、本当に好き勝手な振舞いを……こっちがロシアの沿岸警備隊なら何発かくれてやれるんですが」


「無茶言うな。ロシアだってそんなこと出来ん」


 船員の不満に船越は呆れる。上空を海自のP-1対潜哨戒機がパスする。四発のジェット機だが、エンジン二基はアイドルにしており、かなりの低速だ。彼らは様々な情報を海上保安庁にも提供してくれる。その上、武装しており、空からしっかりと見守ってもらえているという安心感があった。しかしあの対潜哨戒機も先日は領海に接近した中国艦隊の空母から発艦した戦闘機に追い掛け回されるという事件も起きた。空も空で気が抜けないだろう。


「俺たちは大人なんだ。それに先に手を出した方が負けだ。我慢するしかない」


 そう言う船越も内心ではこちらを挑発し続ける中国船に苛立っていた。国境の最前線という緊迫した場所だというのに中国船は挑発行為というモラルのない愚かな真似をする。尖閣諸島の領有権主張だけでなく、オイルリグ建設の妨害なのだろう。日本の漁師からしたらたまったものではない。


「でもこのままじゃ、もっとエスカレートしますよ。視聴率しか考えないメディアはこんな日常的な話題を取り上げなくなってきて、国民の関心も薄れていますし」


 愚痴を言わずにはいられないようだ。船越は堪えきれず、ため息を漏らした。再びP-1が頭上を通り過ぎる。よくあの巨大な機体があんな旋回半径で飛べるものだと関心する。


「だから大人の対応だよ、大人の。あっちはまだ未熟なんだ。大人の俺達が大人の振舞いを見せてやらないと」


 船越はそう言いながら《海警3124》を心の中で罵った。何故俺が若い船員の愚痴など聞かなきゃならない。お前のせいだ。


「《海警3124》、応答。“ここは中国の領海である、本船の行動を妨害するな”」


 船橋の信務員が伝えた。乗員たちは呆れて怒りも沸かなかった。


「何を根拠に言ってるんだか」


「もう定番じゃないですか」


「該船、なおも領海に近づく」


 船橋の乗員が告げた。


「警告を続けろ」


「警告なんて馬の耳に念仏ですよ、あいつら相手じゃ──」


「黙って仕事に集中しろ」


 つい苛立って言葉を遮った船越に船員たちは気まずい表情になる。


「該船、変針。針路3-2-7」


《海警3124》は前に立ちふさがる《はてるま》をかわそうと変針した。


「針路に割り込め。面舵二十!」


 船越は巧みな指揮でしつこく《海警3124》の針路を妨害する。


「該船、増速!」


 乗員達の表情に緊張が走った。《海警3124》が増速して接近してくる。だが、ぶつかれば困るのは向こうだ。


「舵このまま!」


 船越はウィングに顔を出し、一回りも大きい《海警3124》が《はてるま》を押しつぶすように迫ってくるのを見た。


 来るなら来い。


 その時、《海警3124》が大きく船首を巡らせた。


「《海警3124》、変針。針路3-5-5。離脱します」


「よし。追跡しろ」


 中国船との根競べは海上保安庁側の勝ちだった。


「チキンレースもいいところだ……」


 乗員の一人が汗をぬぐいながらぼやいた。船越もまたタオルで汗をぬぐいながら日中中間線に向かう《海警3124》を睨んでいた。




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