Prologue
「自分たちの国を自らの手で守ることの出来ない国の主張など、他国は認めはしない」
──フィンランド マンネルへイム将軍
沖縄県
航空自衛軍嘉手納基地
July 29.2021
唸るサイレンの音が航空自衛軍嘉手納基地の緊急発進待機所に鳴り響いた。小さい事務室のようなアラートパッド内で、対領空侵犯措置に備えて警戒待機任務に就くフル装備のパイロット達はそのサイレン音を聞いて瞬間的に反応し、壁に設置されたパネルをを見上げるとH/SC――ホット・スクランブル――のレッドランプが灯っていた。
「ホット・スクランブル!」
続いて飛行管理官が声を張り上げると同時に、ソファに腰かけていたパイロットの一人、東條征人一等空尉はバネのように跳ね起きると隣接する警戒待機格納庫へ駆け出した。それに続くようにもう一人のパイロットが椅子を蹴って飛び出していく。二人はアラートハンガーに飛び込むと、掩体となっていて通常よりも天井の低い格納庫内に駐機された二機の戦闘機の梯子を駆け上る。パイロット達と同時に飛び込んできた同じくアラート待機の整備班員達も素早く二機の周りに散り、作業にかかった。
サイレンの鳴り響くアラートハンガーの前後の扉が開いていく。アラートハンガーはハンガー内でエンジンを始動できるよう、後ろも開く仕様となっている。
ラダーを駆け上ってコックピットに滑り込んだ東條は僚機のパイロットと同時に、右手の人差し指をコックピットから突き出す。補助動力装置始動の合図だ。JFS――主機を立ち上げるための小型のガスタービンエンジン――が回り始める。エンジンが自立回転の回転数に達したことを確認すると、続いて中指を突きたてる。
「右エンジン始動」
辺りを雷鳴のようなF‐15J戦闘機のF100‐IHI‐229EEPターボファンエンジンの音がアラートハンガーを包み込むと同時に、右側エアインテークががくんと下を向く。続いて左エンジンを始動。その間にアラート整備員たちは機体のチェックを行い、車輪止め、ミサイルのカバーとセフティピンを回収する。東條は計器チェックを一部省略し、整備員へ準備完了の合図を送る。
「EAGLE with 2 flight, check in. KADENA grand, request taxi, scramble. Information Delta.(イーグル二機編隊、チェックイン。嘉手納グラウンド、スクランブルによるタキシングを要求します。ATIS航空情報デルタを取得済み)」
『EAGLE flight, cleared to taxi runway 23L. QNH 3018(イーグル編隊、滑走路23Lへのタキシングを許可する。高度計規制値は3018)』
格納庫の脇に整列した整備員達が敬礼し、二機を送る。
二機のF‐15Jはゆっくりとアラートハンガーを出ると誘導路を地上滑走し始めた。
三七〇〇メートルの滑走路二本を有し、日本最大級の飛行場の一つである、極東最大の空軍基地であった米空軍嘉手納基地は日米安保見直しと米軍の再編に伴い、防衛省自衛軍へと移管され、那覇基地から移転した航空自衛軍と海上自衛軍の航空基地として現在は運用されている。
二十時を過ぎ、とっくに日没を迎えた本日の嘉手納基地は、夜間飛行訓練も行われておらず、誘導灯など限られた灯火しか灯っておらず、薄暗い。その闇を切り裂くように東條はF‐15Jを進めた。
『EAGLE flight, contact tower,315.8(スリーワンファイブ・デジマル・エイト).Good-rack.(イーグル編隊、周波数三一五・八メガヘルツにて管制塔と交信せよ。幸運を祈る)』
「Roger, contact tower. Thanks.(了解、管制塔と交信する。ありがとう)」
滑走路手前に近づいたところで管制はグラウンドからタワーにハンドオフされた。
「KADENA tower, EAGLE flight, on your fraquencv.(嘉手納管制塔、こちらイーグル編隊。そちらの周波数に合わせました)」
『EAGLE flight, wind 020 at 5, runway 23L, cleared for take-off.(イーグル編隊、風は方位〇二〇より五ノット、滑走路23Lからの離陸を許可する)』
二機は滑走路中心から左右に一機ずつ停止。
「Runway 23L, cleared for take-off.(滑走路23Lより離陸する)」
『Two.(二番機了解)』
タキシー・ブレーキを踏み込んだまま、確認のためにエンジンを片方ずつミリタリーパワーに入れる。エンジンが唸りを上げ、回転が正常に上がるのを耳と計器で確認した後にスロットルをアフターバーナー・ゾーンに叩き込む。
再燃焼装置点火。エンジン音がさらに高まり、機体が振動する。
ブレーキを解放した瞬間、機体は滑走路を走り始めた。離陸速度一五〇ノットに加速するまで計器を睨む。一五〇ノットに達し、操縦桿を手前に引いた。
一番機である東條は離陸。東條機離陸から十五秒後、二番機も離陸を開始する。二機は離陸するとギアを格納し、緊急発進指令からわずか四分弱で離陸を完了した。
『EAGLE flight, contact departure. Good-rack.(イーグル編隊、ディパーチャーと交信せよ。幸運を祈る)』
「EAGLE,Roger. Contact departure. Thanks.(イーグル了解、ディパーチャーと交信する。ありがとう)」
『Two.(二番機了解)』
アフターバーナーを焚いて加速・上昇しており、速度は約八百ノット。嘉手納基地はすでにはるか後方に遠ざかり、すでに眼下には東シナ海が広がっていた。
東條は僚機の位置を確かめた。二機編隊の基本であるスプレッドを組み、左後方を飛んでいる。
「ブッチー、しっかりついて来い」
東條はTACネーム〈ブッチー〉こと僚機の川渕良介二等空尉に呼びかけた。
TACネームとはタクティカルネームの略で戦闘機パイロットの持つ空での名前のことだ。パイロット達はそのTACネームでお互い呼びあう。
TACネームは基本的には自己申告制だが、新人であればほとんど上官らに決められる。また自分に由来する事象の意味を誰かに考えてもらうこともある。東條は〈シリウス〉のTACネームが与えられていた。
『了解』
川渕二尉は落ち着いた声で応答した。第204飛行隊の一員として嘉手納勤務の長い川渕ももう充分なほど実戦を積んできており、余裕が生まれていた。頼もしい部下に育ったものだと東條は思いながらディパーチャーと交信。安全な航路の指示を仰いだ。
「KADENA departure, EAGLE flight airborne. Leaving 1800, for 5000.(嘉手納ディパーチャー、イーグル編隊離陸した。現在千八百フィートから五千フィートへ上昇中)」
『EAGLE flight, radar contact. Turn heading 270, climd and maintain 8000.(イーグル編隊、レーダーで捕捉した。方位二七〇へ旋回、高度八千まで上昇し、それを維持せよ)』
「Roger.」
『Two.』
二機は指示に従って上昇し、問題無くディパーチャー管制空域外に達する。管制塔から要撃司令室へと指揮が移った。
『EAGLE flight, frequency change uploaded. Good-rack.(イーグル編隊、周波数の変更を許可する。幸運を祈る)』
「Roger, thanks」
管制塔と通信を切り換えるとすかさず防空指令所の地上要撃管制から無線が入った。
『EAGLE flight,This is CORAL. Vector to target, turn heading 290, climb and maintain angel 30 by gate. Follow data-link.(イーグル編隊、こちらコーラル。目標機へ向け誘導、方位二九〇度へ旋回、高度三万フィートまでアフターバーナーを使用して上昇し、それを維持せよ。以後はデータリンクに従え)』
「Roger, follow data-link.(了解、データリンクに従う)」
『Two.』
二機は一気に仰角を取り、高度三万フィートへ向け、上昇する。高度計は勢いよく回転し、数値は跳ね上がっていく。
第204飛行隊のF‐15Jの一部は近代化改修を受けたF‐15J改と呼ばれる機体で、新型のレーダーやエンジンへの換装、コックピットのデジタル化が行われ、戦術データリンクにも対応していた。
冷戦期において世界トップクラスの性能を誇ったF‐15戦闘機も原型機の初飛行から五十年近くが立っており、周辺諸国の空軍力の増大に対抗するために航空自衛軍でも近代化改修が進められている。
リンク16戦術データリンクを介して多機能情報伝達システム‐LVT(3)戦術データ交換システム端末が受信して共有された情報が多機能ディスプレイに表示される。戦術データリンクの指示に従って二機は針路を取る。
『今日になって三回目です。燃料代と整備費と運用費を請求してやりましょう』
巡航飛行に入ると川渕が僚機間無線で愚痴を言ってきた。
「俺達の給料を忘れるなよ。それにしたってホット・スクランブルとは穏やかじゃない」
通常、防空識別圏に接近する対象機は、はるか遠方から防空監視所や早期警戒管制機などによって捕捉され、要撃発進が必要かどうか判断される。対応するアラート待機部隊には事前に情報が入るため、突然ホットで上がることは珍しい。とはいえ現在は、珍しかったと過去形になりつつあり、中国機の急接近は日を追うごとに数を増している。
『空護がずっと張り付いていればまだマシなんでしょうけど』
航空護衛艦を略して空護と呼ばれる、海上自衛軍の保有する最大の艦艇である航空機搭載護衛艦は、艦載戦闘機などの航空機運用機能を持つ、諸外国で言う航空母艦だ。憲法が改正され、自衛軍の規模が増強改変されたのを皮切りに取得が進められ、航空自衛軍も艦載機運用部隊たる艦上航空隊を新編していた。
嘉手納から尖閣諸島まで約四百キロ。戦闘機がスクランブル発進しても二十分の時間を要するが、この航空護衛艦を配備することによって嘉手納から最西端の国境までの防衛上の空白を埋めるはずだった。しかし実際に就役し、本格的な運用が開始されてからも周辺諸国の顔色を窺って前面に出せない正面装備となっている。
「空護がいればこっちも楽だがな。だが、そんな真似をすれば中国と同じだ。困難な局面こそ俺たちの自学研鑽でなんとかしないとな」
戦闘機はたった数人のパイロットの決断と行動で、外交を左右させる存在だ。中国機による異常接近やレーダー波の照射などの挑発行為は日に日に増し、その傍若無人ぶりはこちらの我慢の限度をとっくに超えている。日本の領空を守るパイロットたちには高い技術と忍耐力が求められていた。航空自衛軍の戦闘機パイロットはスクランブルで領空を侵犯しようとする国籍不明機を追い返そうとした時、撃たずに敵を圧倒しなくてはならない。ミサイルを撃つのは簡単だが、撃ってしまえば戦争が始まる。
『EAGLE flight, Target vector265.range300.angel20.heading085.airspeed650.(イーグル編隊、目標機、方位二六五、距離三〇〇マイル、高度二万フィート、針路〇八五度、速度六五〇ノット』
GCIの管制官が淡々と対象機の情報を読み上げた。データリンクを通して正面のMFDにはターゲットの現在位置などが表示されているが、実際に声に出して伝えられると頭にもすんなりと入ってくる。
「EAGLE Roger.」
東條は応答しながら闇に眼を凝らした。まだはるか遠くにいる国籍不明機を想像し、気を引き締める。
『イーグル、こちらアロー』
続いて要撃管制官の女性航空自衛官が呼びかけてきた。要撃管制官にも個別のコールサインがある。東條は、同じ嘉手納基地の防空指令所にいるアローの顔も名前も知らないが、そのコールサインは仲間達の間でも覚えめでたい、的確な指示をしてくれる優秀な管制官だった。
『アンノウン、機影単機。ターゲットは降下中。高度、一万五千フィート、距離百五十マイル』
女性らしい聞き取りやすい声でアローが読み上げる。高い声は激動の中でも聞き取りやすく、また気持ちを落ち着ける効果があると言われているため、コントローラーがWAFならアローではなくてもラッキーだと東條は思っていた。
「イーグル、ラジャー」
『シングルか……また偵察機ですかね』
「そうだと思うが、速度は速いな。フラウンダーかもしれない」
対象機は六五〇ノットで飛行中だった。国籍はいわずとも飛んでくる方向から中国機であることは明らかだが、六五〇ノットの偵察機は珍しい。
中国人民解放軍空軍と同軍海軍航空隊が運用している殲轟JH‐7Aフラウンダー戦闘爆撃機は複座で電子戦装備として電子情報収集システムなども装備している。取得コストが安いことから配備が進み、近年、東シナ海にも顔を見せる様になった。
『イーグル、こちらアロー。ターゲット、アルト10』
「ラジャー。ブッチー、マスターアーム・オン。ARM・HOT」
『ラジャー。マスターアーム・オン』
二機は兵装の安全装置であるマスターアームスイッチをオンにして武器を使用可能な状態にした。
この近代化改修を受けたF‐15J改は、最新のアクティブレーダー誘導と指令・慣性誘導を併用し、撃ち放し能力を持った99式地対空誘導弾中距離空対空ミサイルの運用能力が付与されていた。
しかし、警戒待機は中距離射程のアクティブレーダーミサイルは装備しておらず、04式空対空誘導弾短距離赤外線画像誘導ミサイル二基と20mm機関砲しか装備していない。
「レーダー・コンタクト!」こちらの位置を逆探知されて特定されないよう、パッシブ状態にしていた空対空レーダーが目標を探知した。「デッド・アヘッド、レンジ85、アルト10」
『That’s your Target.(それが目標機である)目視確認急げ』
「ラジャー。――ブッチー、レフトターン、ナウ」
二機は編隊を維持したまま機体を傾け、揃って左旋回を開始。目標機の後ろに回り込む機動を取る。正面から接触してから旋回したのでは離される。いったん離されたらいくらパワーを出しても追いつけない。
『妙な機影ですね……』
川渕が呟く。機上レーダーの非協同型目標識別では対象を識別不能だった。
「アロー、レンジ」
『10マイルを切った』
闇夜に目を凝らす東條は要撃管制官の指示で機体を飛ばし続ける。闇の中でわずかに反射する光を見た。
「目標視認」
東條はコールすると接近を開始した。機影が鮮明になっていく。東條は息を呑んだ。
「あれは……」
『イーグル、どうした』
東條の呟きに、アローが聞き返す。東條の目にはもはやはっきりと黒い機影の〝二機編隊〟が飛んでいるのが映っていた。
「ステルスだ……」
機影は単機だったはずだが、レーダーに捉えにくいステルス戦闘機の二機編隊は探知されても単機に見えるよう密集隊形で飛んでいた。
『こいつは……J‐20か?』
川渕機も目標を視認した。殲撃J‐20戦闘機。機体はマットブラックに塗られ、垂直尾翼に低視認塗装の中国機を示す赤い星に八一の国籍マークが見えた。前翼と後縁に緩い前進角を持つデルタ翼に近い主翼を組み合わせたクロースカップルドデルタ翼機のステルス戦闘機で、外側に傾斜した垂直尾翼はステルス性のためにかなり小さく、平たい機体に見える。ミサイルなどの兵装はレーダー反射面積を小さくするために機内の兵装庫に格納しているようだ。
『凄い……』
川渕が嘆声を漏らした。東條は要撃機に備えてある一眼レフのデジタルカメラを構え、撮影する。闇夜を飛ぶ黒い機体を撮影したところでどの程度映るかは分からないが、写真を撮りやすいようポジションを取りながら接近した。
嘆声を漏らすのも分かる。二機の黒いステルス戦闘機は威圧的な存在感があった。
「ブッチー、援護頼む。後方を占位する」
初めて見る中国のステルス戦闘機に東條の背筋に冷や汗が滲んだ。
『ラジャー。援護する』
川渕の声も先ほどまで軽口を叩いていたとは思えないほど抑揚が無くなっていた。歴史の浅く、勢力を急速に拡大しながらも発展途上にある中国人民解放軍空軍は、これまで冷戦を通して日本が対峙してきたロシア軍と違って常識が通用せず、どんな反応が返ってくるか分からないという不安があった。
「アロー、こちらイーグル01。ターゲット確認。目標の右側、所定の位置に占位した。国籍中国、官用機、ステルス戦闘機、J‐20二機」
『イーグル01、アロー了解した。領空まで二十五マイル。通告を実施せよ』
ステルス戦闘機と聞いた普段は冷静なアローの声にも緊張の色が混じる。
「イーグル01、ラジャー」
東條は対象機の編隊に接近した。もし中国機が異常な挙動を取れば即座に攻撃できるよう、川渕に位置を取らせ、対領空侵犯措置を実施する。
「Attention,Attention! Chinese aircraft flight,Flying over East China Sea.This is Japan Air Defense Force.You are now approaching to Japanese air domain.Take reverse course immediately!(注目せよ、注目せよ。東シナ海上空を飛行中の中国機編隊に通告する。こちらは日本国航空自衛軍。貴機は日本国領空に接近中。直ちに針路を変更せよ)」
国際緊急周波数で通告を実施するが、二機のステルス戦闘機は反応も示さず、不気味に飛び続けていた。
「通告一回実施。目標の行動に変化はない」
『了解。引き続き通告を実施せよ。領空まで二十マイル』
「ラジャー」
続いて英語、中国語を用いて通告を実施した。ふてぶてしいことに中国機に針路を変える様子はなかった。
「通告二回実施」
『了解。通告に従っているように見えるか』
「見えない」
『了解。領空まで八マイル。機体信号を実施せよ』
「ラジャー」
東條は一度深呼吸をした。
「前に出るぞ」
『ラジャ』
川渕の援護の下、右後方から二機編隊の前へと出る。戦闘機相手に背後を晒すのは気分が良くない。東條は翼を左右に傾ける、ロックウィングを実施し、要撃信号を送った。我に従え、というその合図は世界共通の信号だ。
しかし、二機の殲撃J‐20は意に介さず、落ち着いて飛んでいる。
「撃ち落されたいのか、こいつらは」
いや、撃てないとタカを括っているのだ。舐められたものだ。
まったく指示に従う素振りを見せない中国機を相手に苛立ちと焦りが募る。我が物顔で日本の空を武装した戦闘機に飛ばれることは空自のパイロットにとっては屈辱だった。絶対にそれだけは阻止しなくてはならない。
『イーグル01、ベルーガ01が合流する』
アローが唐突に呼びかけた。レーダーを見ると右側から急速に二機編隊の輝点が近づいてきていた。相手機の敵味方識別装置の自動応答装置がこちらの問い掛けに応答し、所属も確認できる。艦上航空隊第101飛行隊所属機だ。艦上航空隊は東條達南西方面航空隊第九航空団の隷下ではなく、航空総隊直轄の戦術戦闘航空隊であり、航空護衛艦に展開して防空任務に当たっている。
『イーグル、こちらベルーガ01。貴機から五時方向。合流する』
若い弾んだ声のパイロットが呼びかけてきた。機影がはっきりと見えるまであっという間に接近する。双発のエンジンにF‐15とは違って外側に傾斜のついた双垂直尾翼、大柄なF‐15と比べると鋭くスマートに見える。
噂をすればだ。
合流したのは沖縄の南の太平洋上の航空護衛艦から飛び立ったF‐18FJ戦闘機の二機編隊、ベルーガ01と02だった。
操縦士と兵装システム幹部の乗る複座のF‐18FJはF‐15Jと同じグレー単色の低視認性塗装の制空迷彩が施され、翼端にAAM‐5B短距離赤外線画像誘導ミサイル、そしてこちらとは違い、さらに主翼にはAAM‐4B中距離アクティブレーダー誘導ミサイルを抱えて搭載し、センターラインに増槽を抱えている。
「頼もしいな……。こちらイーグル01だ。これより前に出て連中の針路を塞ぐ。カバーしてくれ」
『ウィルコ』
ベルーガ01は難しいオーダーにも了解実行すると即答した。突然のリクエストにも臨機に応じることのできるベルーガ01をベテランだと東條は信じた。
艦上航空隊のパイロット達は、皆各飛行隊から選抜された優秀な人材だ。
東條は中国機の前に出ると針路を強引に変えさせるために針路を塞ぐようにして飛ぶ。そしてその東條の左斜め後ろを一機のF‐18FJが占位する。二機の殲撃J‐20は編隊を保ったまま、針路か高度を変えざるを得なくなった。
「我の誘導に従え」
無線に吹き込むが、半ば力づくの強制的な針路変更だった。しかしこのような連携が素早く取れるのは、ベルーガ01のパイロットが優秀な証拠だ。プロとの仕事は面白い。
『シリウス、ターゲット、左に緩徐な旋回を開始』
先ほどより落ち着いた川渕が東條に報告する。
「ラジャー。油断せずに見張れ」
東條は川渕の落ち着きが安堵に繋がらないよう気を引き締めながら殲撃J‐20の動きに細心の注意を払っていた。
『イーグル01、こちらアロー。目標は我の誘導に従っているか?』
「ネガティブ。しかし針路を領空の外に向けつつあり」
『ラジャー。監視を継続せよ』
アローもレーダースコープ上で見ているのだろう。二機が前に出て中国機の針路を塞いで無理やり針路を変えさせ、後方の二機がぴたりと後ろを押さえている。いくらふてぶてしい中国機でも完全に包囲されて嫌な気分だろう。
ただし、ガンでも落とせる距離でぴたりと相手の動きに合わせて追従しなくてはならず、東條も神経を使った。すでに背中はぐっしょりと濡れ、目にも汗が滴ってくる。
完全に領空の反対側に針路を向けさせると東條とベルーガ01は下方へ降下旋回し、追尾に戻った。J‐20二機編隊はそのまままっすぐ飛んでいる。
追尾監視を続けて十分ほど。報告以外の言葉が交わされなくなり、息を潜めたような飛行が続いていたが、中国の戦闘機は防空識別圏を離れ、ようやく防空指揮所から「基地に帰投せよ」の指示が下った。
漂っていた緊張感は重く、肩の荷が下りた途端、東條は思い出したように呼吸をする。
「ラジャー。ベルーガ編隊、感謝する」
『イーグル、こちらこそ良い仕事が出来て良かった。ベルーガ01、RTB』
二機のF‐18FJはバンクを振って挨拶すると大きくバンクを取って旋回し、あっという間に離れていった。それを見届けた東條は溜息を吐く。
「イーグルフライト、リターン・トゥ・ベース」
『Two.』
川渕の声は掠れていた。二機のF‐15Jも翼を翻し、嘉手納基地への帰路についた。東條はキャノピーから星空も見えない深い暗闇の空を振り返った。中国機の機影ははるか数十マイルに遠ざかり、見えない。しかしその闇の中で脅威が迫ってきているような圧迫感があった。
本作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
ご意見、評価をお待ちしています。