霧のミンダナオ島
由利香も始めは、同じ反応だったという。話し合いを勧めておきながら、家を出ろと?
しかも子どももすべて置き去りにして。まどかは幼稚園、しかも卒園を控えて大事な時期だし、双子は動き回ってタイヘンな時だし、しかも不燃物当番もあるし。
「ぜったい、無理です。たとえ三日でも」
「そこをあえて、お願いできませんか。その三日を」
支部長は、かなり食い下がったらしい。
「どんな仕事でも、任されたことは確実にこなす男です。今回も必ずやれるはずだと」
説得されて、ついに由利香は折れた。
「その時、計画に乗ってくれて……細かく。休みに入ってから、ここだと思ったら、発作的に出て行って構わない、ヒントは置いていかない。
それと、頼まれた。出先から連絡をとらないように、向こうから連絡が来たら、無視してもらえないか、って。多分連絡は来ないだろうけど……そうも言った。すごいわ、ワタシよりよく解ってる、あの人」
「かもな」
「ずっと半信半疑だったけど……」由利香は、コーヒーもう一杯淹れようか、と立ち上がろうとした。 そこを優しくとどめて、「オレがやるよ」椎名さん、キッチンに立った。
「やっぱり、ワタシ、家出してよかったと思う。支部長さんが言って下さったの、気が済むまでご実家においでください、って。でもやっぱり二泊が限界だった。それでも一人でいろいろ考えられたし」
キッチンに立つ彼の後ろ姿を、見つめているようだった。
「オレもよかった、」コーヒー豆を挽くのに集中しているフリをして、彼はぶっきらぼうに言う。
「主夫はハードだ。今までのシゴトの中でも極めつけに厳しかった」
「でしょ?」
「アンタはえらい」ようやく、言うことができた。「ほんと、感謝してる」
「タカさんが外で、いっしょうけんめい働いてるからだよ」
「そんで、オレもユリさんが家で任務遂行してるから、やってられるんだな……」
出来上がったコーヒーを慎重に運んでから、彼は由利香の目をみた。
「これからオレが、あんまり家でダラダラしてたら、発破かけてくれる?」
「もちろん」
そう威張りつつも、こちらこそお願いします、と由利香も頭を下げ、とびきりの笑顔を返してくれた。
カップを片付けながら、突然思い出して由利香に聞いてみる。
「カレンダーの『キリミン』、アレ何?」
「あ」由利香も思い出したようだった。「そうだった」急にけわしい顔になる。
「木曜日、ビデオセットしてあったの、録画予約。でもテープ出てたから」
「え?」硬直する。前日まどかにビデオを見せていた。その時、予約が入っていたかどうか、確認してなかった。
そう言われれば、まどかから「……はずしていい?」と聞かれたな、あの時。
あれは「よやくをはずしていい?」の意味だったのか。
「その予約が、キリミン?」切り身ん?
「そ、『霧のミンダナオ島』大好きなのよ、スペシャル版だったし」どんな番組や。
「……すみません」そこからが、ちょっと、もめた。




