イニシャル極秘表記作業
そうすると、もう一人が起きてきた時、もう食べるものがない。
案の定、マサ(推定)は大人一人前のグラタンをすべて、食べつくしてしまった。
そこに、もう一人の弱々しい泣き声。まどかがぱっとふり返る。
「あ、マサも起きた」
え? 今起きたのがマサユキですか? ということは、今まで餌づけを試みていた方が、トシユキということになるな。
「ねえまどか」仕方なく、娘に聞いてみることに。
「こっちが、マサじゃあないの?」
どうかしてるんじゃない? みたいな顔で見られた。
「マサはほっぺがぴにゅ、としててここのところが(と、自分のこめかみからあごにかけて撫でながら)すっとしてるからこっちがトシ。声もちがう」
と、簡単に言われてしまった。
ではオレはオムツをつけた時からずっと、勘違いしていたのか?
椎名さんは黙って立ち上がると、箪笥の上にあった文具入れから黒マジックを持ってきた。
まどかが見てない隙に、今までグラタンを食べていた方の足の裏に小さくこっそり『T』と書く。
こんなのがバレたら、由利香に締め上げられてしまう。
それはいいとして、今度はマサ(本物)がリビングに向かって這ってきた。
「だどゅ」何となく、怒っているように眉を寄せている。
きっと腹が減っているのだろう。椎名さんはあたりをきょろきょろと眺め、冷蔵庫の上にある箱に子ども用のお菓子があるのをようやく見つけた。
「はいこれ」お子様せんべい、と書いてあった真っ白でふわふわな感じのせんべいを、やってきたマサに持たせる。彼は待ちかねたように端からしゃぶり始めた。
片やグラタン、片やせんべい、この差はひどすぎる、そう思いつつも他にやるものがない。追いつめられた気分で、冷蔵庫を開けて中身を探ってみた。
牛乳、ヨーグルト、魚の切り身、肉……子ども用に特に用意されたものはなさそうだ。