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宿木  作者: 山口ゆり
Just the two of us :::3rd season:::
9/16

少しだけ待って(1)

本編後の2人

「だから、そういうのじゃないって言ってるでしょう?」


あくまでもこちらを見ようとしないその態度がまた頭にくる。

思わず声を荒げると、最後には無言で家から出ていってしまった。

こんな風になるはずじゃなかったのに。

怒りと戸惑いともどかしい気持ちが、彼が出て行った後もいつまでも私の中でせめぎあっていた。



就職して初めての冬を迎えていた。

先週あたりから来年の入試に向けてのプロジェクトチームが本格的に始動して、教務課からも落合さんがずっと借り出されている。

それで常に1人足りない状態で仕事をしなければならず、時期的にはそれほど忙しくないはずなのに今週はとてもバタバタしていた。

今日も残業決定。思わず顔を顰める。

窓口が開いている時間帯はほとんど立ちっぱなしで今日の分のデスクワークが全然終わってないんだから仕方がないけれど。

結局壁にかかっている時計の時刻ばかりが気になって、いつも以上に仕事の効率が悪くなってしまった。



一昨日、上原が帰国した。

表向きは日本の企業のCMの撮影のために一時帰国、ということになっている。実際それは、とても大切な仕事だ。

けれど、私にとってはこの帰国は全然違う意味を持っていた。



「遅い。何時まで仕事やってんだ」


帰りの車の中と外の空気の温度差がきつくて、ジャケットの襟を掻き合わせる。

22:30を回った頃マンションの自分の部屋の前まで辿り着くと、上原はドアに寄りかかってこちらを見ていた。


「ちょっと、ずっと待ってたの?」

「悪いか」

「悪いわよ、体が資本なんだからね。こんなとこで風邪でもひかれちゃ困る」


憎まれ口を叩きながら、がちゃがちゃと鍵を開ける。

室内は空気がどんよりとして、寒い。

歩きながらジャケットを脱ぎ、ダイニングの椅子の背に掛ける。後ろから部屋に入ってきた上原も、どうやら勝手にソファに腰を下ろしたようだ。

私はエアコンの電源を入れ、キッチンでやかんを火にかけた。

そんなことしてないでこっち来て座れよ、と上原。私はしぶしぶ向かい側の床に腰を下ろした。

シュー、というやかんの音だけが室内に響いている。

エアコンはすぐに作動し、少しずつ部屋は暖まっていた。


「で?」


その単刀直入過ぎる言い方に少し驚く。いきなりか。

私はその気持ちを顔に出したつもりだったけれど、向こうは全く気にした様子もなく私を見つめ返してくる。

私もしばらくは睨み返す。

けれど、結局最後は私の方が視線を逸らした。


「……やっぱり今はムリだよ」


私は呟いた。

上原は日本を旅立つ前、私にアメリカに一緒に来るように言った。私もそうしたいと告げた。

そして今回の帰国で、上原は私の答えを受け取りにきたのだった。


考えた。

考えて考えて考えて、それでも結論が出せなかった。

もちろん、いずれは上原のところに行きたい。それは最初から変わらない想い。

けれど、今すぐ仕事を放り投げて旅立つことは出来ない。

それが辿り着いた答えだった。

上原を傷つけることも、私の我がままだってことも分かっていたけれど。


「……何だよ、ソレ」


はぁっ、と大げさなくらい思い切り手足を四方に伸ばす上原。

まるで体全体が私の答えを拒絶している上原の心そのものだった。


「来たくないわけ?」

「そうじゃないよっ、そうじゃないけどっ」

「なら何でそういう答えになるんだよ」


だって。

上原の強めの口調に唇を噛む。

しばらくお互い無言で、時が経つのを感じていた。


「また、誰かに迷惑かける~とか思ってんだろ」

「それは、」

「お前はいっつもそうだよな。自分のこととか後回しで、いっつも周りのことばっか。自分が被ればいいとか考えて抱え込んで、自滅すんの」

「そんなこと……」


上原はソファに沈み込んで、もう私の方を見ていない。

ちょうどやかんが鳴って、私はガスを止めようと立ち上がる。

腕で目元を覆った上原を見つめて、キッチンに向かった。胸が痛い。


確かに私は物事を抱え込むタイプだと思う。

今回も、実際受け持っている仕事も多いし、これから受験シーズンだからますます課内がみんなで協力し合って働かざるを得ない状況になるとは思う。

もし今私が抜けるなんてことになったら、知世さんや他の人たちに迷惑をかけてしまうことは事実だ。

けれど。

それもあるけれど、今がムリな理由はちょっと違うの。

うまく言葉に表せないけれど、本当に違うの。

込み上げそうになる思いを堪えて、ガスを止める。



「……上原、」


リビングに戻ると、思い切って声を掛けた。

上原は伸ばしていた足を床に付けて、私の方を見る。ほとんど睨むような鋭い視線。

ふいっと視線が外される。


「つーか、そんなの、俺と一緒にアメリカ来るならいつかは起こることだよな。それが『いつ』だったとしたって同じことだろ」

「違うの、」

「何が」

「だから、その、」

「来る気がないならハッキリ言えよ」


まるでコートの中で敵に挑むように投げつけられた言葉。

そして冒頭に戻る、なんだけど。



上原が怒る気持ちはよく分かる。

10年も離れていてやっと気持ちが繋がったのに、また離れて。

もうすれ違う必要もない。

2人が一緒にいたいと願えば、そう出来る。

それなのに、私はそれとは違う方向を向こうとしているんだもの。


はぁ。

知らず溜め息が零れていた。

大丈夫?と向かいの席の知世さんに訊かれてハッと我に返る。

笑顔で大丈夫ですと告げると、まだまだ終わらない仕事に戻った。


どうしたらいいんだろう。

このままじゃダメだってことは分かりきっている。

上原にも、私の本当の気持ちを知ってもらいたい。

それで上原が離れてしまうのなら……私にはそれを止める権利はない、んだよね。

誰かに話せば、バカだと言われるのかもしれない。

それも分かっていて頷けない自分は、やっぱり我がままだ。

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