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宿木  作者: 山口ゆり
本編 :::2nd season:::
8/16

8.好きのまま終わりにした恋

「どうして……」


その言葉に、上原の腕の力が籠もる。

私はされるがままにその腕に閉じこめられて呆然としていた。

胸に押し付けられて、上原の心臓の音を聞く。

とくとくと速い鼓動。


「あー疲れた」


そう言って抱き寄せた私に寄りかかってくる。触れている部分がとても熱い。

どうしてこの声やこの感覚を忘れられなかったんだろう。また泣きたくなる。

そんなことを思っていたら、上原が口を開いた。


「すげー疲れたんだけど。あの時お前何も俺に教えないから」

「え……?」


思わず訊き返していた。


「携帯も住所も教えないし、お前実家出てるし」

「な、に……?」

「だからっ、今日やっと見つけ出したんだよ。お前を」


職場しか知らねーし、住んでるとこ分かんないんだからこうするしかないだろ。

頭の上で上原がぼそぼそと呟く。

どうして。何でそんなことするの。


「何で……」

「お前のせいだろ、バカ萌」


そうやってくくっと笑った。

あの頃みたいに名前を呼ばれた。それだけで、あっという間に涙が溢れる。


「な、んで私がバカ……」

「じゃあ何で泣きながら俺の名前呼んでた?」

「それは……っ」

「それは?」


見上げるとニヤニヤと私を覗き込む瞳とぶつかる。

逢いたかった、とは言えなくて目を逸らす。


「……教えない」


それを聞いて上原がますます笑う。

こんな時ですら、素直になれない私。

もう、この手が離れてしまったら二度と会えないかもしれないのに。不安でたまらないのに。それでも私は。


「んっとに可愛くねぇな、お前」

「うるさい」


上原が笑ってる感触が伝わってくる。

もう一度その腕は私をぎゅっと抱き締めると、母親が子供をあやすようにゆらゆらと揺れた。

それが、とても、嬉しくて。

この人が私の好きになった人だという思いが溢れてくる。

涙がほろほろと零れ落ちた。

それを見た上原は、体を揺らすのを止めてこう言った。


「こんなやつ、俺しか相手してやれねぇだろ。ま、俺しか相手にさせねぇし」


にやりと笑う。


「……自意識過剰」

「何とでも言え」

「自己中」

「あっそ」

「おたんこナス」

「それはかんけーねぇ」

「……バカ」

「萌、」


不意に私を抱いていた腕が緩み、顔を持ち上げられる。


「いいか、よく聞けよ。1回しか言わねぇからな」


強制的に目を合わせられ、私はされるがまま上原を見つめた。

見たこともないほどの黒い瞳が私を見つめ返している。

ごく、と喉が鳴った。




「俺はお前が好きだ」




ずっとこれを待っていた気がする。

臆病で逃げてばかりいて、上原は何も悪くなかったのに。

むしろその優しさに甘えてばかりで、ひどいことしたのに。

それでもこの言葉が欲しかった。


「始まらないならこっちから始めてやるっつーの」

「え?」

「だーかーらっ、お前がつまんねーことでうだうだしてても、もう気にしないことにしたんだよ」

「な、何ようだうだって!」


またおもむろに抱き込まれる。

言われたことについ言い返してしまったけれど、素直にその胸に頭をもたれた。


「うだうだはうだうだだよ。『俺とは世界が違う』とかバカなこと考えてたんだろ?」

「……」

「つーことで、お前もアメリカ来い」


え……?!


「お前英語喋れんだろ?いいな、とにかくついて来い」


そうじゃねーと、お前はまた1人でどうにかしようとするからな。

10年前と同じことを10年前と同じように呟く。

そして今度はその先に、もう二度と失敗したくないんだ、という言葉が続いた。


「……人生経験豊かにするにはいいかもね」

「よーし、言ったな?」

「うん、言った」


上原の顔を見上げた。その瞳はキラキラと輝いていた。

嬉しかった。

ずっと、私が好きだったあの頃のままだったから。

そうだった。

上原はいつだってこの上原のままだった。

ただ、私が勝手にどんどんいろんな足枷を自分の足にはめていってただけ。

そう気付いたら、初めてこの気持ちをきちんと口に出せると思えた。


「ほら、俺が好きだっつってみ?」

「……好き」

「あぁ?聞こえねーなー」


そう言ってまた上原は可笑しそうに笑う。

私の声も体も震えてしまっていることに、きっと気付いているんだろう。

私は、私を抱き締めるその体を、ぎゅっと抱き締め返した。

上原の胸の鼓動を感じる。 ちょっと早くてまた驚いた。


「大好き!」

「それ、一生忘れんなよ」


この声が好き。この髪が好き。この腕が好き。

結局ずっと、この人が好き。

随分遠回りしたけれど、ここからまた、始めよう。

長期間の放置にも関わらずお読みくださった皆様、ありがとうございました!

この後、ちらほら番外編が続きます。

のんびり更新ですがお楽しみいただけたら幸いです。


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