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宿木  作者: 山口ゆり
本編 :::2nd season:::
5/16

5.ふたりきりでドライブ

痛いくらいの沈黙が、車が赤信号で止まるたびに息を詰めて待っている。

いつもなら肘掛けに置いている左腕はずっとハンドルに添えられて、両手で10時10分を描く。

まるで免許取り立てみたいに緊張して運転している自分が、可笑しいのに笑えない。



やがて見慣れた町並みが私たちを迎え入れた。

地図なんて見なくても、その細い路地がどの道に繋がっているのか感覚が憶えているくらいよく知った景色。

この道と平行して通っている一本隣の細い道。

緩やかに坂を上り、上りきったところで交差点を左折するとそこには当時私が住んでいた家があった。

今はもう見る影もなく取り壊されて、コインパーキングになっている。

前にちらっと見に行ったら車4台分しかスペースがなくて、少し淋しかった。

私たち家族は、こんなに小さい場所に家族4人で暮らしていたのか、って。

家は大通りからすぐで、その大通りは中学へ行く時の通学路だった。

何度も、それこそ1000日以上通い続けた道。

歩道が狭くて、自転車なんて来ようものなら身動きさえ取れなかった。

その記憶を辿るように信号を曲がる。

あの頃、何度も隣に座っている上原ともこの道を歩いた。

いつだって向こうの部活が終わるのが遅かったから空は真っ暗で、すれ違う車のライトが眩しかったっけ。

2人、並んで歩けないから縦に一列になって歩いて。

今はまだ明るいのに、あの頃に戻ったみたいに不意に対向車のライトが光っているように見えて思わず瞬きをした。

絶対あのキスのせいだ。混乱している、こんなことを思い出すなんて。

サイドミラーの中に映る上原を盗み見る。

何を考えているのか、上原は窓の縁に肘をかけて外を見ていた。

そして、ふと。外の景色を見ていると思っていたのに、ミラーの中の上原と目が合って慌てた。

上原はじっとこっちを見ていた。私の慌てぶりなんて、全部見透かしたような瞳で。

どうしてキスなんてしたの。

今から始まる、って何。


あれは全国大会の前日。私はバスケ部には何も関係ないのに、上原に待ってろと言われて、結局いつものように遅くなって監督のワゴンで皆と一緒に送ってもらった。

普通なら上原と中田くん、深雪ちゃんと私で乗るはずだったのに、男2人じゃガタイが良くて狭いからって前に中田くんと深雪ちゃん、後ろに上原と私が座ることになった。

ただでさえ後部座席は監督の荷物が置いてあって狭くて、私は縮こまっていたけれど、ふと上原の方を向いた瞬間さっきみたいにキスされた。

彼は普段からプレイボーイとか言われてて、別に否定もしてなかった。

でも私が上原とキスをしたのは、皆の目を盗むようにしたそのキスが初めてだった。

あの時嬉しそうに笑った上原に、眩暈がしたのを憶えている。

……今でも、まるで映画の1シーンのように鮮明に憶えているから。


「今何考えてた」


本当にいきなり、そう訊かれた。

反射的に隣に目をやると、上原はもう外を見ている。

それなのに私は目を泳がせていた。

きっと考えていた、いや、思い出していたことなんて2人とも一緒のはずで、上原もそれを知っていて訊いているのだから。


「……別に、何も」


また気詰まりな沈黙が流れた。

私は運転に集中しているふりをして、上原は見慣れたはずの景色を見つめることに一生懸命なふりをして、2人してこの沈黙を受け入れる。

このまま別れて、もう二度と会わないそれぞれの道を歩いていくだけのこと。

私はさっき、それを選んだ。ううん、10年前に選んでいた。

だから、きっと上手く出来るはず。

……でも、もしこの後上原を下ろしても、絶対に今日のことは一生忘れないだろうと思った。

忘れられるわけがない。

だって、あの頃のことだって、こうして前と同じ道を通るだけで胸の痛みすら伴って蘇る。

まるで、ずっと治ることのない傷のように。

だからいくら世界は違っても、その姿をブラウン管の中で見るだけで、きっと私は思い出し続けるのだろう。



大通り沿いに立ち並ぶ県営団地を越えて1本入ると、上原の実家が見えた。

暖かみのある木造の立派な家。

私は無意識にそこに向かって車を走らせて、あることにはたと気付いた。


「まだあそこに住んでるの?」


スローモーションのように、上原がこちらに顔を向ける。私も思わずその顔を見つめた。

苦笑いをするように小さく鼻から息を吐いたのが分かった。


「俺はどこへも逃げてないからな」


誰かさんと違って。

言葉の続きは、その瞳が語っていた。

胸を突かれたように息が止まる。

明らかに不自然な私とは裏腹に、車はゆっくりと速度を落とす。

上原はまだ外をじっと見ていた。睨み付けているのかと思うほど。

やがて車が止まると、私はホッと息をつき、ハンドルを見つめたまま口を開いた。

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