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宿木  作者: 山口ゆり
本編 :::2nd season:::
4/16

4.突然のキスの意味

夢殿駅は高架型になっていて、バスやタクシーが乗り入れるターミナルは円を描くように駅から続くモールの下に渦巻いている。

近辺の駅と比べても駅舎自体大きく、ここの駅ビルに来れば県を出なくても大体欲しいものが揃う。

私が中学生の頃は、まだ北口と南口で通り抜けさえ出来なかったのに。

そう思うと、あっという間に過ぎていたつもりでいたのに確かに10年という時は刻まれていた。

そして私は、質問を投げかけられたまま答えられないでいる。


「ねぇ、着いたんだけど」


車が流れに乗ってタクシープール脇にある一般車の乗降場に着くと、私は未だに震える手でハザードを点けた。


「そうだな」

「……じゃなくて。早くシートベルト外して降りて。ここ長く停められる場所じゃないんだから」


上原は憮然とした顔で、そのまま座っている。動かない気だ。

そうこうしている間に、前も後ろにも人を乗せたり降ろしたりするために車が停まっては離れていく。

私はその腕に触れることさえ躊躇われたけれど、このままだと邪魔になるのは分かっていたし、無理やりにでもと左を向いてシートベルトを外しにかかる。

そして、身体ごと上原の方を向いたその途端。


「ちょっと、外、ん……っ?!」


外すからね。念のための断りのためにそう声を掛けようと顔を上げた瞬間、一瞬の隙をついてキスされた。

後頭部と肩を抱え込まれて息も出来ないような、奪われるようなキス。

頭が真っ白になる。ここがどこで、どうしてこうなっているのか分からないくらいに。

私はそれでも必死に彼の身体を押し退けた。


「な、に、するのよ……っ!」


押し退けると同時に、車内で端と端に離れる体。それでもまだ上原の熱を直に感じていた。

私を見下ろすように見つめる2つの瞳。

思考回路がショートする。


「頭、おかしくなっちゃったの……っ?」


何か言わなくちゃ。

でも、現実が受け止めきれなくて、視線が定まらない。何をどうしたらいいの。

自分の手で自分の体を抱きしめる。そうしないと、崩れてしまいそうだったから。

上原はそんな私をじっと見つめていた。

私はライオンを前にして最後の抵抗をする動物のように、食って掛かる。


「私たち、もうとっくに終わったはずでしょ。それも10年も前にっ」


上原はまだ、私の目をじっと見つめている。

いたたまれない。どうして、何でこうなるの……?


「……何で外部に行ったんだよ」

「い、今はそんな話してないでしょ!」

「俺は知りたいんだよ」

「知ってどうするのよ」

 

噛み合わない会話。

まさか、キスくらい今の上原にはどうでもいいってこと?

質問に答えようとしない私を押さえつけるための道具でしかないの?

そうしたら上原は、とんでもないことを口にした。


「今からまた始まるってことはないのか?」


私は固まったまま、動く口元を見つめていた。

何を言っているの……?



私は最後まで迷っていた。

これは逃げだと知っていたから。


「岩崎、これはどういうことだ?」

「すみません、どうしても夢殿高校じゃなくてここに行きたいんです」

「でもこんなギリギリになって替えなくても」

「すみません……」


1月の二者面談。

これが最終だと知っていて、初めて希望校の変更を担任の中江先生に伝えた。

中江先生には2年生の時から担任としてお世話になっていたけれど、私の進路はずっと夢高だと信じて疑ってなかったみたいだった。

もちろん私も夢高に行きたかった。

夢高には書道部もあるし、仲良しの友達も結構受験するって聞いていたから。


夢高はこの辺りの高校の中では1、2を争う人気高だった。

どの部活も盛んで、制服も公立の割に結構可愛いデザインだったから、公立しか考えてない子たちにも受けが良かった。

部活は特に、運動部では男子バスケ部、女子テニス部、文化部では吹奏楽部と美術部が有名だった。

私も2回学校見学に行ったことがある。

男子校と女子校が合併して創立してからまだ15年ほどの夢高は、校舎も綺麗で広々としていた。

私もあの制服を着て、仲のいい友達と自転車通学。

高校受験を考え始めた時、最初に考えていた私の進路。

けれど今は、とてもそうしたいは思えなかった。

だって。

夢高には上原も行くから。

もう離れてしまったのに、いつまでもこの気持ちを引きずるのはよくない。

そう分かっていても、ここまでずるずる来てしまった私の初恋。

もし同じ高校に行ったら、高校生の上原を知ることになる。

高校生の上原。

いつか新しい彼女を作るかもしれない。

今以上に有名になって、もっと遠く感じる日が来るのかもしれない。

弱いと思われるかもしれないけれど、そういう風に輝く上原を見つめる日々には耐えられないと思った。


「いいのか、本当に」

「いいんです、本当に」


受けるくらいは出来るんだぞ。

そう言って最後まで私の頑なな気持ちを溶かそうとしてくれた中江先生に、意志を貫くと微笑してみせた私。

そうして、私は先生以外の誰にも言わず、南城女学院高校を一般受験して、合格した。



「あるわけないじゃない」


そんなこと、あるわけない。

偶然再会して、偶然一緒に車に乗ることになって、キスされて。

こんな風に話すことだってもう二度とないと思っていた、遠い世界に住む人。

そんな全然違う私たちに今更何が始まるというのだろう。

このままじゃ取り返しのつかないことになってしまう。危険信号が灯っていた。

そんな気がして、未だに頭はうまく回っていなかったけれど、私は口を開いた。


「……とりあえず、家まで送ってくれよ」


いつまでもちかちかと点滅し続けるハザード。

依然として前も後ろも車の発着が繰り返されている。

まるで私たちだけこのせわしない世界から隔離されたみたい。

ぽつりと呟かれたそれに、私は右にウインカーを出した。

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