管狐 2
「・・・で、どうしたの?」
「うん、あたし吹奏楽部なんだけど。」
ユウの話を要約すると以下のようなものだった。
音楽室の一室に、滅多に使わない場所がある。
昔はコーラス部が使っていた部屋だが、コーラス部が衰退するにつれて、吹奏楽部の物置となった。
そこに最近物音や人の声がするらしい。
ユウが直接聞いたわけではないのでなんとも言えないが、同級生や後輩、教師までもがその音を聞いたと言う。
それの正体を何か見極めて欲しい。
そして尚且つ、できれば追い払って欲しいとのことらしい。
(私は霊媒師じゃないんだけど。)
ヒロカはそう思ったが、とりあえず何か見てみようという好奇心が強かった。
「分かった、引き受けるよ」
「ありがとう!」
ユウは嬉しそうにそういうと、一枚の名刺を滑らせて、自教室へと帰って行った。
ぴしゃり、と教室のドアが閉まる音に重なって、昼休みの終了を告げるベルが鳴る。
初夏の陽気に、心地よい満腹感。次の授業は睡眠学習だ、なんてあほなことも思った。
放課後、ユウに引きずられるようにして音楽室に連れて来られた。
普段授業で美術を選択しているヒロカにとって音楽室は珍しいものでいっぱいだった。
吹奏楽のものであろう楽器が、邪魔にならない程度に廊下に置いてある。50人を少し超すぐらいの中編成のバンドがヒロカたちの歩く傍で音を奏でていた。
「ここ。」
その部屋には建前「コーラス部」と書いてある紙が貼ってあるが、中には普段使わない特殊な楽器が所狭しと並んでいた。
ヒロカは一足踏み込んで、明らかに異質の気配を感じた。
妖気、とでも言うのだろうか、人間のものとは違う気配。
ユウに頼んでドアを閉めてもらう。
「・・・誰か、いるでしょ?」
確信はなかった。見えないものを信じるほど強い人間でもなかったし、薄暗い部屋は不気味さを増すには十分な要素だった。
「嬢ちゃん、おれが見えるのか?」
金属の擦れたような音の声が暗闇から聞こえる。
ヒロカは目を凝らして、暗闇に潜む"何か"を見定める。
と、その"何か"はヒロカの姿を見ると、息をのんだ。
「おまえさん、もしかして・・・いやいや、そんなことはない。」
「・・・何か?」
「いやいや、おまいさんがおれの良く知る妖怪にそっくりだったんでな。気にするな。で、何用だ?」
「・・・ここを離れることはできないんですか?」
「無理な願いだな。」
陰から姿を現したのは、二又の尾を持つ狐だった。
「おれは管狐という。特に人間に害を与えるつもりはないし、そんなことが出来るほど強い力もない。第一人間がおれたちの住処を奪うからおれたちはこんなところに住むしかない。人間はおれたちの生きる権利まで奪えるほど偉いのか?」
「そんなつもりは・・・」
「なくても嬢ちゃんが言ってることはそういうことだぜ。」
ヒロカは絶句してしまった。
確かに、人間は街を拓き、森を焼き、地球の隅々まで人間で汚染しようとしている。
この妖怪の言うことは正しい。
「でも、」
管狐は一つの竹筒をくわえてヒロカに差し出す。
「嬢ちゃんがおれの面倒を見てくれるなら、ここを離れてもいい。妖怪のペットなんて滅多に飼えないぜ?」
ヒロカは決めた。
極至上簡単なことだ。
「分かったよ。よろしくね、管狐。」
竹筒を受け取って、その妖怪を見た。