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四話

 翌日の放課後になって、吉村くんと堤くんのいるE組の教室を訪れた。扉の影からのぞき込む。堤くんはいるが、肝心の吉村くんはいない。

 堤くんと目が合ったので、目立たないように手招きをした。彼は面倒くさそうに廊下に出てくる。

「吉村くんは?」

 堤くんは怪訝な顔で答える。

「HRが終わった途端、一目散に教室を出ていった」

「そっか。どこにいったんだろう?」

「俺が知るか。俺がというか、このクラスの誰に訊いたって分からんだろうよ」

「まぁ、仕方ないね」

 吉村くんには昨日ちゃんと予約入れたんだけど。静香さんが通っているというブックカフェに連れて行ってくれって。

「用件はそれだけだな。さっさと文芸部に行くぞ。今日は図書委員との会議で忙しい」

 眼鏡のつるはしの位置を直し、堤くんは自己完結に会話を打ち切って踵を返す。おいおい、とあたしは思う。まだ話終わってないよ。

「待とう、堤くん。その部活のことなんだけどさ」

 堤くんは足を止め、ぎろりとあたしを振り返った。あたしは出来る限り申し訳なさそうに言う。

「図書委員会議だけど、堤くん、うまいこと一人でやってくんない? あたし、今日は野暮用があってさあ」

 堤くんは諫めるような目つきをしたが、やがて、呆れ返るように肩をすくめた。

「幽霊部員の田岡は素行不良で停学中。新入部員の小峰は失踪した猫の件で心を病みダウン。部長の日野は吉村の尻を追っかけてさぼりか。やれやれ、文芸部もとことん地に落ちたな」

 耳が痛い。そして腹が立つ。この男はあたしをその辺の尻軽女か、脳天気な馬鹿ギャルと同列に扱ってくる。同列というか、アホそのものだと思っているかもしれないが。

 あたしだって好きで吉村くんに会うわけじゃない。こっちにも事情があるのだ。そろそろがつんと言い返さなきゃなんだけど。

「ほんと、ごめん。この埋め合わせは必ずするから」

 肩身が狭い。まったく誰だ。学生は気楽でいいなぁなんてほざくやつは。うちの兄貴か。

「もういい、行け」

「はい、マジすんませんした」

 堤くんと別れて、学校を出る。

 裏門へ向けて歩きながら吉村くんに電話をかける。いくら待っても出てくれない。舌打ちしながら携帯を閉じると、すぐにメールを着信した。吉村くんからだ。

『呼び出しを食らってるので今は出られません。悪いけど、終わるまで待っていてもらえますか?』

 彼にとっての呼び出しとは、おそらく教師からではない。女子だ。どうしてあんなのがモテるのか納得できないが、理解はできる。要は擬態の上手さと、元来から持ち合わせているミステリアスな雰囲気のせいだろう。まともな女子なら単純に気味の悪い印象しか受けないのだが。

 もういいやと諦める。これ以上余計なことを考えないようにする。

 暇つぶしの検討をつけ、あたしは裏門を抜けた。



 森林公園に着き、園内を歩きながら、これまでの出来事を整理する。

 十月一日。これが真由の猫、タコヤキが失踪した日だ。

 この日、神社境内とその周辺では縁日が開かれていた。話によると真由は、グレイの浴衣を着た男にタコヤキを預けたのだという。

 真由と真由のおじいちゃんは、そのことをすっかり忘れ、タコヤキが自らいなくなったと勘違いした。二人ともボケているんだ。タコヤキはそのまま、浴衣の男に誘拐されたと考えて間違いなさそうだ。

 あの神社から森林公園までは、商店街を通るだけで、徒歩で十分もない。浴衣の男はタコヤキを持ち去り、その間、静香さんを一人にさせた。それからしばらくして、静香さんはあたしと出会うというわけだ。 

 真由が浴衣の男に猫を預けたのは、おおよその目算をつけて、あたしが静香さんと浴衣の男に出会った一時間前くらいだと推測する。

 そしてあたしは、二人の着けた同じ型のペンダントをたしかに見た。彼がシルバーで、彼女がベージュだったはず。白杖の彼女、静香さんを助けたお礼にたこ焼きを受け取り、帰り道で真由に会った。

 それから三日間、あたしは真由のタコヤキ探しを手伝った。真由の猫探しポスター作りはほとんど徒労に終わってしまったが、最後の最後で、そのポスターをきっかけにクレープ屋の兄ちゃんから有力情報を得た。

『その猫、自分見たっす、マジで。そこのはんぱねえマジでっけえ公園でさ。ミニモアイ広場のベンチに美人なネーチャンが座ってて、その膝に猫が乗っかっててさ。んで、ネーチャンも猫も眠ってた』

 美人なネーチャンは猫と一緒に眠っていた。この辺りであたしはうっすらとした疑いを持つ。猫はともかく、ネーチャンとやらは実際、眠っていたわけではないんじゃないか。

 もし、ただ目を閉じていただけだったとしたら。クレープ屋の兄ちゃんも、彼女が眠っていたように見えてしまったのだろう。

 偶然にも、これとよく似た状況を吉村くんも目の当たりにしている。都内のブックカフェで、膝の上に猫を乗せた女性と出会ったという。実は、彼女は視覚障害者だったのだと吉村くんは話した。

 二人の話でさらなる共通点があるとすれば、どちらの話にも登場する猫の特徴が類似していることだった。背中に大きな茶ぶちの猫といえば、真由のタコヤキにそっくりだ。高い可能性で女性は同一人物であり、恐らくあたしの出会った静香さんだと考えていい。

 タコヤキの失踪経緯と所有先を考えると、誘拐したのが静香さんの彼氏で、現在所有しているのが静香さんということになるだろうか。明らかに二人はペアだ。言い換えれば共犯。

 それにしても意図が見えてこない。というのは、ミニモアイ広場で見たあの皮剥ぎされた動物の死体だった。

 あれをやったのは例の彼だとあたしは思っている。実際、あの場で真由が、『SHIZUKA』の刻印が入ったシルバーのネックレスを拾っている。この偶然を疑わずにはいられない。

 少なくとも、静香さんじゃないだろう。現場には明かりがついたままの懐中電灯が転がっていた。普段から視覚に頼らない生活をしておいて、いくら暗闇だからって明かりを必要とするだろうか。

 だから実行犯は彼女じゃない、と思う。

 いまいち確信が持てない。いらいらする。あたしはペコちゃんキャンディのメロン味を噛むように舐める。

 彼女が実行犯じゃないと思い込むことは簡単だが、それを阻害するのは、犯人とぶつかったときの感触だった。あのとき、あたしは肩から腕にかけて大きく犯人と接触し、転ばされた。華奢で柔らかい、女の肌の感触だった。

 そこにくると、落ちていたシルバーのペンダントと矛盾してしまう。あれには『SHIZUKA』と掘られている。シルバーは男が着けていた方だし、ジュエリーショップ店員も言っていた。ペアネックレスは、普通は相手の名前を掘るものなんだって。

 彼を疑うのが妥当だろう。女のような肌の感触なんか忘れてしまえばいいのだが、どうしても頭から離れない。



 気づけばあたしはミニモアイ広場にいた。またずいぶんと歩いてきたみたいだ。モアイが寝そべった奇妙な形のベンチに腰掛け、ペコちゃんキャンディを多分、三本くらい消費していた。なんだか味わった気がしない。

 携帯を開くと、吉村くんからメールを二件受け取っていた。一件目。

『終わったよ。告られちゃいました。後輩の女の子。結構いい子だったし、いつもならOKするところだけど、彼女も運が悪かったね』

 文末にげんなりした顔の絵文字付き。うざい。二件目。

『咲子さん、いまどこ?』

 現在地を書いたメールを送信した。思い出して、『迎えにきてください』という内容のメールも送る。文句を垂れるような返信がくる。ミニモアイ広場は公園最奥地だからだろう。仕方ない、あたしは待たされたことに怒っているし、まだ考え事があるので今は死んでも動きたくない。



 皮剥ぎ事件の犯人について、考えられる可能性をいくつか挙げてみる。

 一つ目は、静香さんの彼氏の単独犯という可能性。あたしが感じた違和感を排除すればごく自然な流れになる。なぜ猫を誘拐したり動物の毛皮を剥がなければいけないのか、現時点では想像もつかないので考えないようにする。

 二つ目は、これまでに登場しなかった女性である可能性。これならあたしもすっきりする。ところがこの説だと、現場に落ちていたペンダントを無視することになる。絶対的な証拠とは言えないが、見つけてしまった以上、考慮しておくべきだ。したがって、例の彼以外の男性である可能性はあたしにとってメリットを感じない。情報がなさ過ぎる。

 三つ目は、皮剥ぎ事件もあの二人の共犯だということ。あたしがぶつかったのは静香さんで、彼の方は姿を確認できなかっただけだと考える。だが、視覚障害の彼女を連れて二人でやるのは効率的じゃないし、二人でしなければいけないという必要性を感じない。

 四つ目は、静香さんの単独犯。

 キャンディを食べ尽くした。口が寂しい。吉村くん、まだかなぁ。

 四つ目は、つまりどういうことか。念のために掘り下げてみる。懐中電灯のフェイクと、ペンダントの物証錯誤。

 静香さんは、実は目が見えている?

 だったとして、どうして普段から視覚障害者を装っているのだろう。この犯行のためだけのお膳立てでもあるまいし。あたしらが目撃できたのは、ほんの偶然でしかない。

 そのとき、ミニモアイ広場に初めてあたし以外の人間がやってくる。吉村くんだった。ものすごい疲れた顔をしていて、何故か野良猫を一匹抱いている。ネズミ色のかわいい猫。

「なにその猫。あたしにも触らして」

「だめ」

 吉村くんは、相当懐いてくるらしい野良猫の喉をくすぐった。あたしの隣に座り、深々とため息を吐く。で、あたしが猫へと伸ばした手を払った。

「なによ。ちょっとくらいいいじゃんか」

「ていうか、咲子さんさぁ」

「なに」

 小首を傾げる。

 吉村くんは責めるような目で、「ブックカフェ、もう閉店してるから」と言った。

 見上げると、空はもう暗くなっていた。少しだけ太った半月が木々の間からのぞいている。あたしは足裏に溜まった疲労感を無碍にしたらしかった。

 堤くんの顔を思い出して憂鬱になる。これ、部活さぼらなきゃよかったじゃん。

「咲子さん、なんか僕に隠し事してない? 最近、僕の方が咲子さんに振り回されているような気がするよ」

「……別に」

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