はやさ
「そうだねー、まずは皆さんの『強み』を教えてください。じゃ、そっちの雨宮さんから」
「はい。私の強みは、英語力です。私は学部時代、5ヵ月間、オーストラリアにホームステイをしまして…」
一番左の女の子が喋り出す。聡明そうな外見に違わず、すごい経歴のようだ。強敵だぞ…。いやいや、ダメだ。自分に集中しろ…。僕はなんとか確保されたわずかな時間を使い、云うべき台詞を整理する。ワタシノツヨミハ…。
「はい、有難うございました。じゃあ、次は、早坂君、どうぞ」
「はいッ!」
僕の三つ先の青年が勢い良く答え、立ち上がった。って、立ち上がった? 僕は血の気が引く。そして彼が次に発した言葉で、頭の中まですっかり真っ白になった。
「私の強みは、はやさです!」
彼は堂々と云い切った。
は? 何を云い出すんだ、こいつは。
僕は戸惑いながら次の言葉を待った。
面接官もさすがに少しは気圧されたようで、しばらく黙っていた。が、彼がいわゆる『どや顔』でただ立ち尽くしているのを見て取ると、
「え、ええと、それだけ? どういうことかね?」
訊かずにはいられない。
ははーん、そういうコトか。僕は内心、ほくそ笑む。いるんだよなぁ、こういうやつ。奇抜な行動や言葉で、強く印象付けようっていうわけだ。でも、そんなドラマみたいなこと、今時流行らないぞ。シラけて終わるのが現実だ。愚直に学歴と『リア充臭』を積み重ねた者だけが勝つのだ。何社も落ちた僕は、知っている。
早坂は続ける。
「私は、小学校からずっとバスケを続けていまして、動きの機敏さではだれにも負けません! またどんなチームでも、速さの追求を通じて、すぐに打ち解けることができます!! 大学のゼミでは持ち前の速さを活かして、問題点を誰よりも早く、瞬時に指摘し、新しいテーマを即座に提案すると、迅速に取り組みます!」
早坂は一気にまくしたてた。
すごい、全部、はやさだ。
はやさ、か。
僕は吹き出しそうになった。
「は、はあ…」
若い面接官が困惑のあまり、周りを見渡す。眼鏡をかけた年配の面接官は、頭痛でも抱えているかのように、ひたすらに俯き、履歴書に目を落としていた。
その後の面接は、さらさらと無難に過ぎ去った。僕は、今日もそれなりのPRをそれなりにこなした。まるで早坂が喋った数分間だけが、白昼夢だったかのようだ。
僕ら受験者は一列に並んで部屋を辞し、エレベーターに乗った。皆、自身のトークの出来に一喜一憂した表情で押し黙っていたが、それに加え、エレベーターの後方でニコニコしている早坂の存在感が、確かに気になっていた。
重苦しい雰囲気のビルを出ると、
「ふーっ」
という言葉が溢れ出す。
「僕、ダメかもなぁ」
僕の隣だった多田が呟く。確かに彼は非常に緊張していて、ロボットが喋っているようだった。でも、研究の話は門外漢の僕にも分かりやすく、彼の研究熱心さが伝わってきた。
「いや、そんなに落ち込まないでください。良かったですよ」
「お疲れ様でしたー」
隣で雨宮さんが云い、ショルダーバッグを掛け直して、颯爽と帰っていった。
「あ、お疲れ様」
「彼女、優秀でしたね」
そうだね、と云いかけたとき、早坂が割って入ってきた。
「よっ! お疲れ」
「あ、ええと、早坂さん」
僕はお茶を濁すように返した。
「いやー、重苦しい感じだったね! それにしても皆すごいな! オーストラリアとか新しいワクチンとか。それに引き替え、俺の取り柄と云ったら、はやさだけ、だもんな。ハハハ」
今後に及んで、まだそんなことを云う。
「そんなことないですよ。早坂さんのPRはインパクトがありましたし。僕ももっと、ハキハキ喋れたらなぁ…」
「いやいや、そんな気落ちするなって。落ち込んでも仕方ないじゃん」
僕は、内心、早坂だけには負けていないと確信していたし、何故か早坂が多田を励ましている構図が、ものすごく腹立だしかった。
「早坂さんって、もう何社か内定貰ってるんですか? なんかすごく場慣れしてるみたいで、堂々とされてましたよね」
僕はちょっと攻撃してみた。こんな知名度の低い、ブラックまがいの小企業を受験するくらいだ、どうせ彼も水際だろう。
「いやー、まだ全然。もう三十社も受けたけど、ぜんっぜんダメ。──今回も、落ちただろうな…。いや、100パー落ちたに決まってる。ああ、分かってる。それは分かってるんだよ」
僕の毒が予想外に効いたようだ。早坂は喋りながら、だんだん落ち込んでいった。そして次に顔を上げたときにはこうである。
「でも、終わったことで悩んでいても仕方ないっしょ!」
立ち直るの、早っ!
僕は意味もなく腕時計を何度も確認したりしながら、駅に向かう彼らと別れた。
※
面接会場となった高層ビルの窓際で、面接官たちが談笑している。
「いやー、今回も、なんかすごいの居たな」
太った人事課長が云う。
「速いやつとかですか? あれ、痛いッスよね。でも彼、T大学卒なんですよねぇ。経歴が経歴なだけに、迷うなぁ。ここ、三人まで絞るんでしたっけ?」
「──まあ、彼は取ろう」
「え、マジですか。ま、まあ私はイイですけど…使えるのかなぁ…」
人事課長は煙草の煙を長く吐き出し、窓の外を見つめたまま呟いた。
「なあに、直ちに影響はない」
END
今まで書いてきたものの中で一番くだらないと思います。
読んでくれた人、ごめんなさい。