たこ焼きとつま先の色
短編です。
あ、靴下のつま先、穴開いてる。
足が変だと思って靴を脱いでみたら、親指の先に穴が開いていた。
(母ちゃんに繕ってもらうか)
「あ、栗須。靴下に穴開いてんのか」
「うん。繕わなきゃな」
すると後藤は驚いた顔をした。
「お前、靴下、繕ってんのか。貧乏くせー」
「いや、俺は裁縫苦手だから、母ちゃんに……」
「おい、栗須のやつ、靴下の穴を繕って、また履いてるんだってよー」
後藤は聞いちゃいない。
「へー、そうなのかあ」
「お前んち、貧乏なんだなー」
数人、集まってきた。
「……貧乏だと、悪いのか?」
「ん? 」
「俺が貧乏だったら、お前らに何か迷惑なのか? それなら悪かった」
しん……と静かになった。
「……何わけのわかんねーこと言ってんだよ。バーカ」
そのまま、あいつらは行ってしまった。
(わけわからなかったかな?)
まあいいさ。仕方ない。
それにしても「バーカ」っていうのは……。
小さい頃から人を罵る定番中の定番だよな。
「バカって言った人がバカなんだ」
そういう返しもあるけど、あれはたぶん、本当だ。
自分が理解できないこと。
返事のしようがないこと。
そんなことを言われた時に、「バーカ」はとても便利な言葉だ。
(そろそろバイト行かないと)
うちの高校は、バイトは許可されてる。
それは助かる。
自分で金を稼げるから。
そういえば、さっきあいつらは俺のことを貧乏とか言ってたけど、実はそうでもない。
むしろ、うちは金はあるほうらしい。
「前はカツカツだったの」と母ちゃんは言ってた。
けど、死んだじいちゃんの遺産がそこそこあったらしい。
父ちゃんはそれを資産運用して、将来的には安心して暮らせると言っていた。
かと言って、ほしいものをバンバン買ったり、わざわざ贅沢したりもしない。
ほしいものはよく考えてから買う。
必要なら高価なものも買うけど「高価だから」で選ばない。
それが「普通」だと思う。
まあ、貧乏でも別に問題ないけど。
バイト先はたこ焼き屋。
ネタを仕込んだり、レジやったり、洗い物したり。
もちろんたこ焼きも焼く。
「栗須くん。焼き入って」
「はい」
焼きもずいぶん慣れてきた。
最初のころは火傷してばかりで、腕や手に水ぶくれができた。
今は火傷することもなく、外はカリッと、中はふわっと焼き上げられる。
「お願いしまーす」
もうひとり、今日のバイトが入ってきた。
今市っていう高校生の女の子。
偶然にも、俺と同じクラスだった。
まあ、学校では話すことないし、バイトでも、たまにほかの店員と一緒に雑談するくらいだ。
今市っていうのは、はじめて聞いた名字だった。
「あと少し」「もう一歩」って意味の「イマイチ」と同じ発音だから、印象に残った。
からかわれたりしただろうな、と思う。
今日は、俺とこいつと店長の三人で、ラストまでやる。
「おつかれさまでした」
「おつかれー」
今日も忙しかった。
「じゃあな。おつかれ」
従業員専用出入り口で今市に声をかけ、歩き出した。
「……あのっ、栗須くんっ」
「ん?」
なんだ?
「私も……なの」
「え? 」
よく聞こえない。
「私も……靴下の穴、繕って履いてるの」
「……」
――マジか。
まさかこんなところで、こんな告白をされるとは思わなかった。
愛の告白じゃないあたりが、俺らしいか。
「あ、へー……。そうなんだ」
てか、学校での話、聞いてたのか。
「ちょっと貧乏くさいかなって思って、友達にも誰にも言えなかったの。でも、栗須くんは堂々と言ってて、なんか、すごいなって思った」
「……そう」
なぜかわからないけど、尊敬の眼差しを感じた。
「堂々と、っていうか、そのまま言っただけだし」
「あ、そうだよね。私、そのままが、なかなか言えなくて……。本当は、靴下だけじゃなくて、ズボンとか服も、穴開いたら繕ってるの。ほら、これも」
今市が指さしたジーンズの膝には、デニム地に馴染む青や紺の糸で刺繡が施されていた。
「え、これ、穴塞いでんの? ワッペン貼りつけたんじゃないの? 」
「ううん。このやり方は、ダーニングっていうの。刺繍というか、かがっていくの」
「へえ。すげえ」
思わずサムズアップした。
「そうかな……」
「うん。すげえよ。俺なんて縫物できないから」
「そうなの? 」
「小学校で裁縫習うだろ。面白そうだと思って、学校に持っていく雑巾、自分で縫ってみたんだよ。そしたら母ちゃんに、縫い目五センチあるよ、って言われてさ」
「そ、そう……」
「母ちゃんが縫い直してくれた雑巾に、名前だけ自分で刺繍した。それも雑巾いっぱいに、でかでかと」
「……わかりやすくて、いいじゃない」
今市が、笑いをこらえながら言った。
「笑っていいよ」
「え? 」
「ウケるだろ。笑っていいよ」
「ああ、その子、きっと順応性があるんだね」
母ちゃんに今市のことを話すと、こう言われた。
「順応性? 」
「靴下を繕ってる。でも、そのことを言えずにいる。たぶん、あんたが言うように、名前でからかわれたりもしたんだろうね。周りから浮かないように気をつけてるんでしょ。私もそうだった」
「それが順応性があるってこと? 」
「本当の自分をそのまま見せると、変な目で見られたりする。だからそうならないように、自分を隠しながら、周りと合わせられる人だってこと」
「あー、なるほど」
雑巾の話で笑いをこらえていた今市を思い出した。
人のことを笑っちゃいけないって思ったんだろう。
「俺、それできないな。保育園の頃から、自分が好きなもののことを話すと、みんなが知らないことだったりして、ナニそれって言われた。小学校でも、俺が話してると、いつのまにか相手がいなくなってた。それでも聞いてくれてる奴もいたっけ。あいついいヤツだったなあ」
「そうね。あんたは順応性ないほうかもね。今思えば、私も浮いてた。なんとなく人から距離を置かれることあったな」
「へえ、母ちゃんも? 」
「うん。昔から時々、人と違うところがあるのかなって思ってた。でも自分は普通の範疇だと思ってたんだよね」
俺は思わず吹き出した。
「それ、順応性ないじゃん」
「順応性があったから、それなりに馴染めてて、気がつかなかったわけよ」
「やっと今、その年で気づいたの? 」
母ちゃんは、アハハと笑った。
「そうなのよー。やっと気づいた。あんたは早いうちに気づいて良かったね」
「栗須くんってさ、美緒と仲いいの? 」
「へ? 」
掃除当番で一緒になった石崎が聞いてきた。
今市がよく一緒にいる三、四人のグループのひとりが石崎だ。
「いや、特に」
「バイト先が一緒なんでしょ」
「そうだけど……」
なんだ?
「何か知りたいのか? 」
(たこ焼きのレシピとかか? )
「え、ううん。別になんでもない」
何なんだ。
「へー、栗須くん、家でたこパやるの」
「ハイ。ばーちゃんちからたこ焼き機もらったんで。でも母ちゃんや弟は、焼くの下手だから、俺が焼きます」
「店でも家でも焼いてるんだね。あ、そろそろ私、休憩入るね」
「はい、店長」
俺と今市だけになった。
今日は比較的、店はヒマだ。
「たこパ、いいね」
今市が言った。
「うん。楽しいよ。今市は、家で焼く? 」
「うち、たこ焼き機ないから」
「あ、そっか。じゃ、今度うちでたこパやるか? 」
「え? 」
「たまに俺の友達呼んで、家族と一緒にたこパやったりするんだよ」
「そうなんだ……」
今市は黙った。
あ、いきなり誘ったりして、距離感バグったかな?
「ま、気が向いたらって話。うちの母ちゃん、そういうの好きだから」
「うん。ありがと」
「ところでこないだ、石崎から、俺がお前と仲いいのかって聞かれたけど、何かあったのか? 」
「え、早紀が? 」
「うん。何が聞きたいのかよく分からんかった」
「そう……。前にさ、栗須くん、って外国人の名前かと思ったって話を、皆でしたことあったから、かな……? 」
「ああ、そっか。音だけ聞くと、クリスだからな。たまーに言われる」
「そっか」
何だ? よく分からん。
「今市、最近ハブられてるっぽいな」
教室で、男子生徒が話しているのが聞こえてきた。
確かに今市は最近、ひとりでいることが多い。
授業でのグループ分けの時も、ひとりで困っているような様子の時があるし、石崎たち以外の人と組んでることもある。
喧嘩でもしたのかな?
まあ、ひとりで困ることがあるのは、俺も同じだ。
学校って、時にはとても、残酷だ。
ひとりでいたくても、誰かと組まなきゃいけい時がある。
それどころか、ひとりでいること自体が悪いことのようにされてしまうことがある。
「栗須。組んでやろうか」
そういう時、なぜか後藤が勝手に来ることが多い。
俺は、あまりこいつが好きじゃない。
けどなぜか、こいつはやってくる。
――もしかして、俺のこと好きなのか?
「あー、それはその後藤くん。あんたのこと好きなんだろうね」
母ちゃんも同じことを言った。
「やっぱそう思う? 」
「うん。保育園の時、あんたにちょっかい出してた子いたじゃん。あの子もあんたのこと気になって仕方なかったんだと思うよ」
「モテる俺ってつらいな」
「単に感情のはけ口にされてただけってのもあるだろうけどね。あんたそういうの受け取っちゃいやすいから」
「なんでだろ」
「ね。そういうもの、としか言えないよね。そんな自分とどうつきあうか、だね」
「そっか」
「でもその、今市さんって子も、何かあったのかもね」
「うん。そうかもな」
「今市、石崎たちと何かあったのか? 」
「え? 」
バイト先でつい聞いてしまった。
「最近、お前ひとりでいるだろ」
「……うん。最近、早紀たちとトイレ一緒に行くのを断ったりしたんだ」
「はあ? 」
「あと、カラオケも、断ったりした」
「へえ? そんなことで? 」
女子は謎だ。
「そういうことが、ちょっとずつあったら、なんとなく学校でも離れるようになっちゃった」
「そっか……。仕方ないよな」
「うん。まあひとりでいることは、いいの。でも学校だと、誰かと組まなきゃならないことがあって、そん時はしんどいかな」
「だよな。それはわかる」
今市なりに、頑張ってる気がした。
今市のことだ。俺がどうこうするもんじゃない。
とは思いつつ、つい気になる。
最近はあからさまに、石崎たちが今市を避けてるように見える。
今市がひとりでいる姿が普通になってきた。
「今日、あそこのカフェ行かない? 」
「いいね、行こ行こ」
放課後、石崎たちは、今市を除いた三人で教室を出て行く。
今市は黙ってカバンを出して、帰り支度をしている。
……。
俺が口を出すことじゃない。
――でも。
「今市」
学校で話したりすることなんてないのに、声をかけてしまった。
今市が振り向いた。
「たこパ、やろうぜ」
「え」
今市は、ぽかんとした。
「明日、土曜日。母ちゃんにも言っとく」
帰ろうとしていた石崎たちも、止まってこっちを見ている。
「石崎」
急に呼ばれて、石崎がビクッとした。
「お前も来るか? 」
「え」
石崎も、ぽかんとした。
教室にいた奴らも、妙な空気に気づき始めた。
「栗須。何の話してんだよ」
後藤がやってきた。
もう、めんどくせーな。
「後藤、お前も来るか? たこパ」
「え」
後藤もぽかんとした。
何なんだよ。皆どうすんのか返事しろよ。
「どうすんだ? 来るのか、来ないのか」
「い、行く……っ」
今市が言った。
「わ、私も……」
「お、俺も……」
石崎も後藤も、返事をした。
「いらっしゃーい。お友達が多くて、たこ焼き機だけじゃ間に合わないから、お好み焼きもしましょー」
母ちゃんが、テーブルの上にたこ焼き機と鉄板を用意した。
「お邪魔します……」
今市と石崎と後藤は、おずおずと家に入ってきた。
「あ、今市、そのつま先」
今市の靴下のつま先が、赤や茶色、オレンジの糸で彩られている。
「うん。穴を塞ぎながら補強したの」
「え、うそ。可愛い」
石崎が言った。
「スゲーな。今市がやったのか」
後藤も言った。
「うん。……ズボンの穴とかも」
そう言って、履いてるジーンズの膝を見せた。
「へえ……」
「ほら、始めようよ。材料は揃えてあるから、ネタ作りとか後片づけとかは、みんなでやるんだよー」
母ちゃんが声をかけた。
俺の弟はもう、皿や箸をテーブルに並べていた。
たこパは熱かった。
テーブルにたこ焼き機と鉄板を並べてるんだから、当然だけど。
途中、タコが足りなくなった。
「この前みたいに、チーズとかウインナー入れようよ。ちくわもあったなあ」
母ちゃんが切った具材を、みんなで適当に入れた。
「あ、チーズおいしい」
「ちくわは、よくわかんないな」
「チーズ当たらねえな」
おかげで盛り上がった。
昼頃に始めたたこパは、ずるずると三時ころまで続いた。
「あー、お腹いっぱい」
「食べすぎた」
「ぼちぼち片づけるか」
皿洗いにテーブル拭き、道具を拭いて片づける。
母ちゃんは、客だろうが容赦なく指示した。
「お邪魔しました」
「はーい。また来てね」
俺はちょっとそこまで、三人を送って行った。
「いやー、腹いっぱいだ」
後藤が言った。
「美味しかったよ。栗須くん」
石崎に続いて今市も言った。
「うん。楽しかった」
「いや……」
なんて返事したらいいかわからなかった。
「そういえば、美緒。あんた、たまにはカラオケくらいつき合いなさいよね。……いつもじゃなくて、いいんだから」
「……あ」
石崎に言われた今市は、驚いていた。
が、すぐに顔が緩んだ。
「うん。次は一緒に行くよ」
――良かったな。
心の中で、そう思った。
「じゃあ俺、この辺で戻るわ。またな」
「うん。ありがと」
「ありがとな」
歩いていく三人のなかで、今市だけがふと振り返った。
サムズアップして、にっと笑った。
頑張ってた力がゆるんだ。
そんな感じがした。
三人の後ろ姿を見ながら、俺も、密かにサムズアップした。




