尻尾のつかい
二○XX年春、尻尾規範法が施行された。
尻尾規範題第一条、成人は尻尾を装着し、公共の秩序を守るように努めること。
尻尾規範題第二条、装着された尻尾は身体の一部とし、損壊等を受けた場合、傷害罪として認められる。
尻尾規範題第三条、尻尾の装着の如何に基づく差別は一切これ不当である。
補足、児童には尻尾の装着義務はなく、尻尾装着は推奨しない
目の前のカップルの尻尾が赤裸々に二人の心を公開している。
男の尻尾は蛇がうごめくように時々激しくうねり、次の展開の期待に心ここにあらずといった様子だった。女の尻尾は、時々揺れることはあってもほとんど動きなく垂れており、それほど今の状況を楽しんでいる様子ではなかった。
男の期待が空回りしている様子がありありとしていた。
時々、帰宅途中に寄るバーは雰囲気の良い内装で、場所も駅から程よい距離だった。ただ、ラブホが集った地域に近いことから、このバーに来るたびに一組ぐらいはこんなカップルを見かけた。
「これほどあからさまに心がすれ違っているのに、結局、ラブホに連れ立つカップルも少なくないのよ」と、バーテンダーのキョウコが皮肉そうに言う。
ただ、二人ともやる気十分のカップルがやって来ることもあり、両方の尻尾が激しくうねっているのを見ることもあるという。
「さっさとラブホに行けばいいのに」と思うと、キョウコは付け加えた。
これだけお互いの感情があからさまになり、お互いにそれが分かっているのに、どうも人間の行動はそうそう簡単には変えられないもののようだ。あるいは、寸止めの快楽というものか。次の楽しみを待つ時間を長引かせれば長引かせるだけ快楽が高まるといった、ちょっとM的な快楽に耽っているのかとも思う。
人の感情はまだまだ尻尾だけでは解明できないものだ、とフルヤは感心する。
尻尾とは、尾てい骨に貼り付ける装身具のようなもので、それを貼り付けると本当に尻尾が生えたように見える。柔らかな素材で光沢があり、光の加減によって銀色から白く見える。触るとカシミヤをさらに細く、繊細にしたような手触りだ。
圧力をかけると無限に薄くなるようで、座ったり、横になったりする時にも尻尾が邪魔になることはほとんどなかった。一度尻尾をつけてしまえば、それを取り外す必要を感じることはない。シャワーを浴びるときでさえ取り外す必要はなく、かなり乱暴に扱ったとしても外れてしまうこともなかった。
尻尾という存在がすっかり社会に定着した証しは、ボトムスなどの標準として、尾てい骨あたりに尻尾穴がない服がほとんどなくなったことだろう。昔、服屋の店先で見かけた『尻尾穴に対応します』という張り紙を、近頃はすっかり見かけなくなっている。
だが、尻尾は単なる装身具ではなかった。
尻尾が最初に普及したのは日本だった。
フルヤがまだ中学生の頃、若者たちの流行りとして、そんなものを嬉々として付ける若者がいるという記事をネットで見たことを覚えている。それから二十年、尻尾は服を着るのと同じぐらい当たり前になっていた。
都道府県レベルで、尻尾の装着を推奨する規範条例が増えてゆき、ついに法律として施行された。こんな私的な事柄が法制化されたのに、それに対して特に誰も異をとなえることはなかった。
多くの国々で、人は公共の場で裸にならないことが当たり前で、裸になればわいせつ罪などの罰則に問われるという以前に常識である。それと同じように、尻尾を装着することがあまりに当たり前で、常識となっていった。
フルヤも尻尾を装着しているし、尻尾がどのような動きをしようと、十代の頃のように気恥ずかしさを感じることはなくなっていた。
そう、尻尾は装身具というよりコミュニケーションの道具として普及した。人体が発する微弱なエネルギーを動力源として、その人間の感情を非常に正確に尻尾は示した。
普通の時はただ垂れ下がっているが、何かにおびえると股下に潜り込むように曲がる。
緊張すると真っすぐに伸びて、さらに恐怖が加わると恐怖の度合いに応じて激しく振動する。
怒ると、その怒りの度合いに応じるように尻尾の角度が上がってゆく。
そして、エッチなことを妄想していると、尻尾は非常に緩やかに立ち上がり、蛇がうごめくように淫靡な動きをした。この最後の特徴は、当初非常に扇情的で破廉恥なものと考えられた。例えば、満員電車で男の尻尾が蛇のようにうごめくと、どんなに満員の電車内でもその男の周囲五十センチは瞬時に空隙が出来た。 これは男のみに適用される反応で、ジェンダー差別だとかなりの社会問題になったこともフルヤはよく覚えている。なんと言っても、その頃まだ十代だったフルヤにとって、尻尾が淫靡にうごめくことほど恥ずかしいことはなかったから。
近頃はずいぶん人々の反応も緩やかになり、痴漢の状況証拠として採用されることはあったが、そこまで極端な反応を引き起こすことはなくなっていた。
人は時として場所や時間に関係なく、エッチなことを心に思い浮かべる存在であるという諦念というのか、慣れが社会に普及した。もちろん、そのような妄想していることを、公共の場で示し続けることは恥ずかしいことではあった。しかし、犯罪者のように扱われる必要はないということが社会の了解事項となっていった。
フルヤだって時々は尻尾が蛇のようにうねることはあって、それに対してちょっと困ったと思った瞬間、そのうねりは止まることが多かった。泰然自若として尻尾の動きなど特に気に掛けない、それが大人のたしなみだとフルヤは納得している。女性の部下の尻尾が蛇のようにうごめいた時、それを冗談とするか、見なかったことにするか、依然としてなかなか悩ましい問題だったが。
もう一杯、バーボンをロックで注文して、その日はまばらな客しかいないため手持ちぶさたのキョウコと雑談を始めた。尻尾のもたらしたもう一つの、そしてそれが尻尾の普及を強く後押しすることになった現象の話となった。
尻尾は時に交合する。
人間には分からない基準があり、ある尻尾同士が接触できる範囲にいると、突然に二つの尻尾は絡み合う。そして、それぞれの尻尾の装着者に、えもいわれぬ快楽をもたらす現象が起きるのだ。そして、それが一度起こると、その特定の尻尾間で繰り返されることが多いことも分かっている。
そうなると、特定の尻尾を持つ二人が、お互いの尻尾が届く範囲で行動するようになるというのもそれほど珍しいことではなかった。同居さえする人々もいて、従来のカップルとは区別されたが、特別なつながりのある尻尾カップルであると社会的に承認されるようになっていた。
「あの二人も尻尾カップルよ」
秘密だよって言うような悪戯っぽい表情で、バーの一番端、ちょっと離れた席に座る二人に視線を投げかけた。
若い男と老人の二人。若い男はタレントか、モデルと言われても不思議でない、普通に歩いているだけで目をひくようなイケメンだ。それに対して老人はしょぼくれた感じの、ひどく貧相な男で、目の前に立っていても存在感がなさそうだった。
「そんなにあれって気持ちよいのかな。このあたりで超有名なホストだけど、あのお爺さんに頼み込んで、同居しているんだって」
フルヤも何気ない風を装って二人を見た。確かに、どう見てもこのあたりでは見なさそうなカップルだった。
あくまで尻尾の相性だから、男と女という組み合わせが当然ではなく、年齢の組み合わせもばらばらで、今まででは考えられないような組み合わせが生まれる。例えば、老婆と青年とか、少女と初老男性とか。カップルであれば色眼鏡で見られたような組み合わせでも、何となく許されるようになってきた。
「すごいよね。尻尾カップルだって、二人の親しげな様子は伝わるじゃん。いまだと、どんな組み合わせを見ても、そうかって思うだけ。これって、尻尾がもたらした人類の進歩じゃない」
キョウコはひどく真面目な顔で言う。
「そういえば、世界の紛争も減ったってさ。人種とか、宗教とか、経済とか、どんな違いも尻尾の前では意味がなくなるのを目にするとそうなるのかな」
フルヤも近頃、尻尾が与えた世界への影響に感心することが多くなっていた。
この現象が交合と呼ばれたのは、このような出来事が繰り返されると、尻尾の根元に別な尻尾が生まれることからだった。そう、尻尾は交合を繰り返し、子孫というか、仲間を増やしているのだった。
酒を飲みながらキョウコと話が盛り上がったのは、この尻尾カップルを希望する人々を集めた尻尾活パーティーが、近頃の飲食業界では小ブレークしているという話だった。
尻尾の交合という現象は既に広く世間に知られてはいたが、それを経験したという人はそれほど多いわけではなかった。また、経験者が語る体験談も未体験者には分かるようで分からない話が多かった。まあ、童貞と処女が性行為について説明を受けても、なんとなくピンとこないといったところか。
一方、ネットなどには情報が溢れかえっており、それを経験したい、尻尾カップルになりたいという需要は高かった。そこで、未経験者を集めて、手っ取り早く出来るだけ多くの尻尾と出会う機会を提供するという、尻尾活パーティーが結構色々な場所で催されるようになっていた。
尻尾活パーティーの良いところはいたって運営が簡単な点だった。パーティー会場を押さえ、食べ物と飲み物を用意して、参加者が来れば、あとはただ尻尾が反応するのを待つだけ。
特別な準備は、背中合わせに座る席と、数分刻みに移動するのに面倒でない席の配置を考えること。参加者は特に心構えとか準備が必要なく、一緒に参加する人達と飲食しながら楽しんでいれば良いという、全くお手軽な点も人気の秘密のようだった。
時々、ギネスに申請、一万人の尻尾活パーティーの開催なんて記事がマスコミで報じられるが、要は十分に広い場所と参加者の忍耐力さえあれば、参加者を増やすのは難しいことでない。今となっては、尻尾活が目的でなく、単なる話題作りの材料になっているような気もしたが。
キョウコがちょっと憤慨して教えてくれた。
「知り合いにね、尻尾活パーティーを仕切っている奴がいたから聞いてみたの。『尻尾の交合ってどんな感じ?』て。そしたら、ひどい答えだよ、そんなの見たこともないって。あれだけ尻尾活パーティーを開催しておきながら、一回も尻尾の交合は起きていないって」
もともと、尻尾の交合はひどくまれな現象だった。その上、尻尾活みたいな場所で尻尾がその気になるのかかなりの疑問だと、フルヤも納得の話だった。
「人間だってさ、のべつ幕なしに発情している訳でないのと同様に、尻尾だってそれ相応の雰囲気は必要だよ」
キョウコは尻尾活パーティーに参加する人間の浅はかさを非難するようだった。
「そう言えば」
キョウコは近頃のとっておきの話を始めた。
その夫婦はこのバーの常連で、時々顔を見せるとキョウコと世間話をするぐらいの親しい関係だった。先週、その夫婦がやってきて世間話をしていると、女性の方がちょっと恥ずかしそうに、彼らは尻尾カップルであることが分かったと告白した。結婚して、子供が生まれて、ようやく子供たちが独立して、二人でのんびり何をしようかと考えていた矢先の出来事だったという。二十数年、これだけ近くで暮らしながら、そんな様子を見せることもなかった尻尾が唐突に交合したのだという。
「残りの人生に、神様が小さな贈り物を贈ってくれたみたい」
女性はそう語り、男の方も同意するように小さくうなずいたという。
尻尾が交合するという現象は一筋縄で行かない微妙な事柄があるようだと、以前からフルヤが考えていたことが例証されたように思えた。しかし、なぜそんなことが気になるのだろうかと思う。記憶のどこかに、忘れた記憶があることを覚えていて、それが思い出せないもどかしさを感じているようだった。
そのバーでは昔の映画が音声なしで流されており、独りの客は、何となく映像を眺めながら時間を過ごすこともできた。音声がないから映画の内容が気に掛かることはなく、あまり集中もせず、時々、映像をぼんやり眺めることができて悪くない趣向だ。
その日、何かの手違いか、それとも定例なのか、音声のないニュース映像が流れ始めた。
『民間企業の宇宙プロジェクト − 星に宇宙船を送り出すことに成功』
映像に現れる文字を追って行くと、一兆ドルという予算を使って宇宙船を送り出したというものだった。その事業は募金によって集められた基金によるもので、これほどの大事業が純粋な民間事業として実施されたのは史上初とのことだった。
宇宙船は十センチという小さなものだった。その中に地球と人類を紹介する情報が詰め込まれ、地球から近い順に、地球と似た環境にある可能性が高い惑星に向かって五つの宇宙船が発射されたとのことだった。
推進力にはレーザー光線を使い、宇宙船に付けられたライトセイルに向かい照射されたレーザーによって、亜光速のスピードが出るとのことだ。それでも、現在生きている人間が生存するうちに、いずれかの惑星に到達することはなさそうだったが。
『原子力爆弾が初めて平和の目的に使用される』
高エネルギーのレーザー光線を発生させるため、原子爆弾が使われたとの情報と共に、暗黒を背景とした宇宙の一点に光の球体が膨れあがる映像が挿入された。
『宇宙船の旅立ちを見守るミリオネアーのドナーたち』
どこかのパーティー会場のような光景で、人々はグラスを片手に、宇宙船を映し出すスクリーンを見守っている。そのパーティーに呼ばれたのは一億ドル以上の寄付をした世界のセレブたちらしい。
そういえば、日本の大金持ちが数人、このプロジェクトに大金を寄付したとの記事を読んだ記憶があるが、彼らもこのパーティーに呼ばれたのだろうかと思う。
フルヤはその画像を見ながら何かが引っかかった。何が引っかかっているのだろうと考えながら、楽しげに談笑するセレブたちの動画を見ているとようやく気がついた。彼らの尻尾が一様に立ち上がり、ほとんど天井を指すほど真っ直ぐに伸びている点だった。映像からは、パーティーの参加者が特別に緊張しているとはとても思えなかったから、それは異様な光景だった。
先ほどから、記憶のどこかで失われ、失われた記憶があるという記憶にもどかしさを感じていたが、その失われた断片が不意に蘇る。
「あの尻尾は自己を複製し、明らかに増殖する。生物と言っても良いが、この地球の生物とは全く違うんだ」と、大学の友人が言っていたのだ。フルヤも加わった研究プロジェクトで、尻尾についても研究したのだが、いつの間にか尻尾は研究対象から外されていた。
「そもそも、尻尾とは何だろう。尻尾とはどこからやって来たんだ」
フルヤは思わず呟いていた。
声を掛けられたと思ったのかキョウコが振り返った。不思議そうなキョウコの顔を見ると、フルヤは何かを呟いたという記憶はあるのに、何を呟いたのか既に忘れていた。
『宇宙船には、地球からの贈り物として尻尾十体も積み込まれています』
それが最後のキャプションだった。




