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吾輩は人である

作者: べろっち
掲載日:2026/06/05

吾輩は人である。


どこかで聞いたことのある出だしだが、まあそれは置いておこう。


人ということは、一人の人生を生きるということだ。


もし生まれる前に、自分がどんな人生を歩むか知っていたらどうだろう。


笑う日も、泣く日も、誰を愛し、いつ別れ、どこで死ぬのか。


そのすべてを知った上で、それでも生まれたいと思うだろうか。


これは、そんな問いから始まる物語である。



山形県の山深い村に、一人の少女が生まれた。


名を、**つむぎ**という。


冬は雪に閉ざされ、春は山桜が咲き、夏は蛍が舞う。


小さな村で育った紬は、誰からも好かれる子だった。


頭が良く、温厚で、人の話をよく聞く。


誰かが困っていれば手を差し伸べる。


だから村の大人たちはよく言った。


「紬ちゃんは将来きっと立派になる」


だが、紬には一つだけ秘密があった。


未来が見えるのだ。


正確には未来そのものではない。


ふとした瞬間に、これから起きることが頭に浮かぶ。


落ちる枝。


転ぶ子供。


訪れる客人。


それは夢とも直感とも違う。


理由は誰にも分からない。


本人にも。




この世界には、一つの法則があった。


精神の強さは肉体の強さになる。


しかし、その反映には時間がかかる。


何年も鍛えた心が、ようやく肉体に現れる。


だが魔力だけは違った。


精神力がそのまま力となる。


恐怖は弱さとなり、覚悟は力となる。


だから強い魔法使いとは、強い心を持つ者だった。


そして紬の精神力は、異常なほど高かった。


本人が知らないだけで。




十四歳の冬。


紬は見てしまう。


十六歳になった自分の姿を。


雪の降る夜。


村外れの崖。


そして冷たい風。


未来の自分がそこに立っていた。


生きることを諦めた顔で。


その映像は鮮明だった。


あまりにも鮮明だった。




「私は十六で死ぬんだ」


誰にも言えなかった。


言ったところで信じてもらえない。


だが、その日から紬は変わった。


笑顔は減り、空を見る時間が増えた。


未来を知るということは、時に呪いになる。




十五歳の春。


村に旅人が現れた。


黒い外套を羽織った青年だった。


彼は紬を見るなり言った。


「君、自分の死を見たね」


紬は凍りついた。


初めてだった。


自分の秘密を言い当てられたのは。


「未来は決まっている。でも確定じゃない」


青年はそう言った。


「変えられるんですか」


「変えられる可能性はある」


その言葉に、紬の胸は大きく揺れた。




青年は続けた。


「未来を見る力は珍しくない。だが未来を変える力は、見た者だけが持つ」


「どうすれば」


「生きる理由を見つけることだ」


あまりにも単純な答えだった。


だが紬には、その答えが何より難しかった。




そして十六歳の冬が来る。


未来で見たあの日。


未来で見たあの崖。


雪が降っていた。


風も同じだった。


すべてが見た通りだった。


紬は崖の前に立つ。


未来はここまで追いついていた。


あと一歩。


その一歩で終わるはずだった。




だがその時だった。


遠くで子供たちの笑い声が聞こえた。


村の子供たちだ。


昔、自分が遊んでいた場所で。


その声を聞いた瞬間、紬は思い出した。


助けた人たち。


笑った日々。


好きだった山の景色。


未来には映っていなかったもの。


未来は死ぬ瞬間しか見せなかった。


だが人生は、その瞬間だけではない。




紬は崖から離れた。


一歩。


また一歩。


その瞬間、未来は砕け散った。


ガラスのように。


見えていた運命は消えた。




後に彼女は知る。


未来を見る力よりも強い力があることを。


それは希望でも魔法でもない。


選択だ。


未来とは決められるものではなく、選び続けるものなのだと。




吾輩は人である。


だからこそ思う。


たとえ結末を知っていたとしても。


その途中にある笑顔や出会いまで知った者はいない。


人生とは、最後の一ページではなく、


めくられていく一枚一枚の物語なのだから。

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