希翠祭
初めまして、スイと申します。
これまで執筆はしてきたことがなかったのですが、他の作者様の素敵な作品を拝見しているうちに、自分でも作品を描いてみたくなりました。
不慣れな点も多いかと思いますが、まずは執筆を楽しみながら、少しずつ成長できたらと思います。
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どうぞよろしくお願いします。
スイ
希翠百年 十二月三十一日
マサトは汗をかきながら、旧居住区へと向かう薄暗い階段を駆け足で登っていた。
「マサト、早くしなさい! 『希翠祭』始まっちゃうわよ!」
前をゆくマリアが振り返り、声を掛けてくる。
「あの地獄の超能力訓練が終わった後に、なんでそんな走る力が残ってるんだよ……」
荒く息を吐きながら、それでも距離を離されまいとマリアを懸命に追いかける。
「今日は十年に一度の、それに、私たちにとってはゴンドワナに搭乗して初めての希翠祭なのよ?」
「今のゴンドワナに祭りを開くような余裕なんてないと思うけどな……」
無駄口を叩きながら、ようやく長い階段を登り切り、重いハッチを開けると、旧居住区の二番目に高い建物の屋上に出た。
宇宙艦ゴンドワナの外周部に位置する旧居住区は、かつて最も多くの人が住んでいたエリアだ。大気を含め、地上の環境がかなりの精度で再現されている。
といっても、希翠二十五年のミクスとの会敵以降、リスクが高いことから、市民はゴンドワナの内周部に位置する三つの居住区のいずれかに住むように義務付けられていた。
旧居住区の大部分は軍事区に改造され、今でも残っているのは二キロメートル四方程度。
十年に一度、希翠祭の準備/開催期間だけ入場が許可されるが、マサトもマリアも、軍事区から繋がるこの抜け道を見つけてからというもの、週に数回、忍び込みにきていた。
正規ルートは混雑しているだろうから、というマリアの主張で今日も抜け道を使うことにした。
これまでのところは、誰にも見つかっていない。
屋上から旧居住区を見渡すと、至る所に屋台が立ち並び、賑わっている。
「いやぁ、壮観ね!いつもとは大違いだわ!」
「おい、そんな大きな声で言うなよ」
マリアの危うい発言に、慌てて声を落とすように促す。
「どうせ聞こえはしないわよ……」
マリアがそう呟いた瞬間、夜空に、いくつかの光の筋が上っていくのが見えた。
そして、一秒も経たないうちに、色とりどりの美しい模様が広がってゆく。
その光景に、思わず二人とも息を止めた。
少し遅れてパァーンという音が鳴り響くと、夜空に描かれた模様はやがて崩れていく。
すると、今度は光の筋が数十本上がり、先ほどよりも小さな模様が夜空を埋め尽くした。
「……綺麗」
マリアが呟く。
「花火ってこんなに綺麗なものなのね。なんだか、お母さんが教えてくれたアガパンサスみたい……」
「アガパンサス……?」
「うん。翠球にはそういう名前の花が咲いてたんだって。もちろん、お母さんも直接見たわけじゃないんだけど、写真を見せてもらって――」
そう言い終わる前に、マリアの頬を一筋の涙が伝った。
マサトもマリアも、幼い頃に両親を亡くしている。
マリアの母もまた、惑星トラゴーイで十八歳の時にミクスに捕食される運命を逃れられなかったのだ。
マサトはかける言葉が見つからず、ただ不器用に、首に掛けていたタオルで、マリアの涙を拭う。
「ぐすっ……ありがとう……って、訓練用の汗拭きタオルじゃない!女の子にそんなもん使うんじゃないわよ!」
次の瞬間、マリアの平手打ちがマサトの顔面に炸裂する。避ける隙を与えない、見事な一撃である。
「痛ぇ……これしかなかったんだから仕方ないだろ……」
「ハンカチくらい用意しておきなさい!」
「マリアだって、どうせ普段からハンカチなんて持ち歩いてないだろ――」
そう言いかけて、ハッと口を閉じるがもう遅い。
「ごめんなさい!」
マサトは叫びながら訓練で鍛えた超能力で建物から飛び降りると、人混みの中へと紛れ込む。
「もう、本当に不器用なんだから……」
そのマリアの呟きは、マサトには届かなかった。




