君の感謝状と私の心情
死ねなかっただけの少女のお話。
満足気な笑顔で、やりきった表情で、鼻を膨らませて撮影を受ける彼女を横目に、私はどうしようもなくやるせない気分になりながら記者のインタビューを受けていた。
隣で腕を組んだ警察官が頻りに彼女へ感謝するように告げてくる。
――勇気ある行動でしたね!
――どうして動くことができたのですか?
辿々しくもはっきりとそれらの質問に応える彼女は、まるでヒーローのようだ。いや、画面越しに観る彼女はきっとヒーローとして紹介されるのだろう。
そうなると私は悲劇のヒロインだろうか?笑えない冗談だった。それでもそんな妄想をしてしまう。テレビの持つ影響力というのはばかにできない。それを私は身を持って知っていた。
思い返すのは、ちょうど一週間ほど前の日曜日のことだ。
特に何かがあったわけではない。ただ生きることに希望も絶望も抱けない、そんな無味無臭な人生に辟易としていた。それは以前からそうだったけど、解決策なんてないから、ずっと付き合っていくものだと、そう思っていた。
その日、偶然つけた番組で、誰かが言っていた。
開放的な場所に行けば、陰鬱な気分も晴れるのだと。
何度か顔は見たことがある。俳優か、芸人か。それすらわからなかったから、名前ももちろん覚えていない。そんな誰かの言葉を私は当然に疑った。
それでもからだは自然と玄関に向かい、靴を履く。きっとそんなはずがないと叫びたかったのだろう。
開放的な場所、と聞いて選んだのは自宅マンションの屋上だった。条件としては、そう遠くはないはずだ。
遠かったのはそこから見える景色だろう。絶景と呼ぶには無理があった。周囲の建物は高く、視界はことごとく遮られる。だけど、真偽の確認としては、それで充分だった。
柵の向こうに広がる空間は、行き止まりのない想像を許してくれた。
今世に期待できないのなら、来世に期待すれば良いのではないか、そんな考えが脳裏に浮かんだ。とても良い考えだった。早速フェンスを乗り越え、足が竦む。私の貧相な想像力は、恐怖までは考慮してくれていなかった。
それでも覚悟を決めようとした。そうするだけの価値があった。そうできるだけの時間があった。
それでも時間はかけ過ぎるべきではなかった。空を見て、地面を見る。そうしたはずなのに、視界には別の光景があった。結構な高さがあったはずなのに、目敏くこちらを見つけた野次馬たちが溢れていた。
私を指差し、中には警察に通報でもしているのか、携帯電話を耳許に寄せて何やら捲し立てている人も見受けられた。傍迷惑な話だった。
嘆息をひとつ。気分としては、晩御飯は天丼と聞かされて、その口になって帰宅したのに別の料理を出された時のソレに近い。私は、なにも知らない人たちが今更に邪魔をすることに不満を覚えた。
フェンスに片手を添えると、時計回りにゆっくりと歩く。ざわめきは努めて無視した。どこか落ちても問題のなさそうな、人垣の薄い場所を探す。
恐怖はすでに霧散していた。
途中で落ちたら、そのときはそのときだ。
しかし、やがて屋上の縁をぐるりと一周してしまう。野次馬が当然の権利とばかりについて回ったからだ。これでは流石にどうすることもできない。
どうしようかと思考を巡らせる。
その時だった。バタン、ガンガン。なんとも乱暴に屋上の扉が開け放たれた。振り返ると、知らない女性が立っていた。
年齢は同じくらいかもしれないが、同じ学校ではないように思う。だがそれより特出すべきは、その様子だった。鬼気迫るとはこのようなことを言うのだと理解させられた。息を切らし、顔は赤く染まっている。
それは正しく必死の形相だった。
「お願いよ、待ってちょうだい!」
出てきた言葉は、小さな口から予想もつかない大きな声だった。驚いた拍子に落ちそうになった。それは間抜けが過ぎるのでどうにか堪えた。彼女はそれを見て一層に慌てて駆け寄ろうとする。
一歩ニ歩と進んで足は止まった。刺激するのは良くないとでも考えたのだろう。実際にそのとおりだったので間違ってはいなかった。息を整える間があった。
「あなたが死んでしまったら、私はきっと後悔するわ」
先程の発言もそうだが、総じて意味がわからなかった。私の命と彼女の人生に繋がりなんて欠片もなかった。今朝に見たコメンテーターのほうがまだ深い絆を感じるほとだった。なにせ一方的だが職業を知っている。
怪訝に思っていれば、彼女はじりじりと距離を縮めようとした。もう考えている時間はなかった。チラリと下を確認して、力を抜いた。
伸ばされた手を振り払う。差し出された手は取らなかった。そのはずだった。その通りだった。
しかし、次の瞬間、腕を掴まれていた。
警察官が、消防が、野次馬たちが、あっと声をあげた。
そして、今。
彼女はカメラの前で笑っている。
私は彼女の正義の象徴として添えられていた。
――今のお気持ちは?
向けられたマイクに、薄く笑った。
「ええ、助けていただいて、感謝しています」
そんなわけがなかった。
ただ早くこの場を去りたかった。
それだけだった。
テレビをつければ、ノイズの乗った声が聞こえた。




