移植
河口湖にある正憲の別荘の地下室は、建物の敷地以上に広かった。新宿の喫茶店から拉致同然で連れてこられた山形には、正憲の別荘の地下だとは聞いたが、どこなのかわからないまま、その広い地下室で研究を進めることしか許されなかった。
地下室には倉庫もあり、地下室でひさしぶりに顔を合わせた山形と木下はときどきその倉庫で落ち合った。そのときも山形と木下はその暗く狭い一室でささやき声で話をしていた。
「だから言っているだろう。自分の意思でここにきたわけじゃない。お前と同じように連れてこられたんだって。研究そのものはそれなりにうまくいっていた。なにかオレたちにはわからない、何か事情ができたんだろう。バレそうになったからじゃないか? だいたい人間のクローンだってまだ認められていないのに、デュープなんて先を行き過ぎているよ」
木下のそんな言い分にうなずきながら山形も言った。
「しかし、オレもお前も、そのおかげで自分の研究を思う存分進められるんじゃないか。普通なら、オレたちの研究なんて、異端扱いされて埋もれるのが関の山さ」
「異端なのは、田所だろう。あの所長は気狂いだぜ。マッドサイエンティスト呼ばわりする気持ちがよくわかるよ。あの所長と御手洗社長が組むとどこまで行くつもりなのかと怖くなる」
山形が木下に尋ねた。
「ここのコールドストレージゾーンで冷凍されているのは何体だ?」
「自殺した御手洗吟常務だろう……」
「吟さんと……肇さんところの坊ちゃんの蓮くんと……」
「肇さんって……あの交通事故のか……肇さんはもとからデュープ化が進んでいたから良かったが、あの子供はむずかしい。一年で十年と言っているけどそんなのは目安にすぎない。個体差もあるし……子供の時期は、まだめまぐるしく成長している段階なので、どこでとめるかがむずかしい。うまく成長をコントロールできないんだ。むしろ成人して安定した時期のほうがやりやすい。子供は成長促進には向かないことがだんだんわかってきた。あの子は未来の、医学がもっと発展した時代に目覚めれば、復活できるかもしれない」
山形が前から疑問に思っていたことを口に出した。
「冷凍保存っていうけど、脳はだいじょうぶなのか? 脳細胞が破壊されるんじゃないか?」
「専門じゃないからわからないけど、たしかに不安だな。田所所長は、脳だけ抜き出して保存できないのかって言っていたが」
山形は絶句しかろうじてつぶやいた。
「脳を抜き出して……ホルマリン漬けの臓器みたいだな」
「脳だけなら、冷凍などしないで、保存できるんじゃないかとか。維持するのに栄養もそれほど必要ないし、劣化しないんじゃないかとか。しかし、そのとき意識はあるのかね。あったらどうなんだろう。痛みはないだろうけど……いつ果てるともなく意識が続いて行くなんて、ある意味、地獄だよな」
薄気味悪く思いながら山形が言った。
「吟常務の遺体を保存しているのは、いつか復活させようかということなんだろう?」
「最初はたしかにそうだったんだけど、いまは違うみたい」
山形は初めて聞く話だった。
「え?」
「社長が吟常務のデュープを処分しないで管理していることとも関係しているらしいが、噂では吟常務のデュープに社長の脳を移植できないかって件が調査されているらしい」
「まさか……自分の息子の体に、自分の脳を移植するなんて……」




