救命
【前回のお話】
帝都病院に通院していた肇と恵子は、病院の向かいにある施設で兄吟にそっくりな柳沢という男を発見するが、柳沢は知能の生育が止まってしまっていた。肇から連絡を受けた高木が行ってみるとすでに柳沢は生命ラボに転院したことがわかる。
高木は研究所の門で張り込みをし、山形研究員をつかまえ、肇と一緒に会えることになる。都内の喫茶店で肇と高木が待っているところへ山形がやってくる。山形は生命ラボで行なわれている研究について説明を始めた。生命ラボでは人間のクローンが造られていたが、それらは成長促進技術によって1年でおよそ10年という成長を成し遂げることができた。そして最終段階では脳を移植することで完成し、こうして生み出すものをデュープと呼んでいた。そして最初の被験者として肇が選ばれていた。肇が事故を起こした当時の出来事がよみがえる。
肇の事故直後、プロジェクトDのチームが緊急に呼び集められた。そして、正憲の指揮のもと、肇のデュープ化が行なえることが確認され、脳移植手術が決行されることになった。一方、蓮のデュープ化はむずかしいため、半年かけてデュープを製造し、そのデュープと入れ替えて、冷凍保存することが決まった。
そのカフェは帝都病院から歩いて十五分ほどの距離にあった。夕暮れを迎えて薄暗くなり始めていた道を、御手洗肇と塚田と名乗った看護師は他愛もない世間話をしながら歩いた。カフェに入ると肇と塚田看護師はテーブルを挟んで向かい合って座った。塚田看護師は慣れているのか、メニューも見ずに注文してから言った。
「この店なら病院関係者は来ないでしょうから安心して話せます」
「ありがとうございます。迷惑はかけません。昼のお話では兄の手術中におかしなことがあったとか?」
肇は塚田看護師と同じものを注文することにした。
「はい。私はあの日の夜夜勤でした。手術室看護師としての勤務経験があることから御手洗さんの手術に立ち会っていました。医師も看護師も麻酔医も、あのとき手術室にいたスタッフはみんな必死でした。御手洗さんが帝都グループのお偉いさんだとは知りませんでしたが、お若い方なので、ご家族のこととか考えるとなんとか助かってほしいなと思って……でも状態はかなり悪かったですね。なにしろ二十階からの飛び降りでしょう……いくら樹木の上に落ちたからといって助かるのはむずかしかったです。やっぱりだめかなと思い始めたそのとき、病院長から電話があって……執刀医につないだら『いったん全員手術室の外に出ろ』という話で……みんなびっくりしたのですが、病院長直々の命令じゃ従わないわけにもいかないので、みんな一度外に出たんです。そうしたら、手術室にはもう一つ出入りできる扉があるんですが、そっちのほうから音がしたかと思ったら、今度はこちら側の手術室のドアが開きました。そこに内田医師が立っていて、手術台の上にはカバーで覆われた御手洗さんの姿が……」
肇が話に登場してきた医師の名前をあげた。
「内田さん……?」
「はい。ちょうど二年前病院長がアメリカの大学病院から引き抜いてきた脳外科医です。内田医師が『御手洗さんはご臨終になった。みんなご苦労だった』と言うのです。たしかに御手洗さんは助からない感じでしたが、スタッフのだれもが最後まで力を尽くしたいと思っていたので、反感を持ちました。そのとき病院長が手術室に入ってきて『後片付けをするように』とおっしゃるので従うしかなくて……」
「そういうことってよくあるのですか?」
「もちろんありません。私も初めて経験しました」
「なぜそんなことに?」
「まったくわかりません。不思議と言えばもう一つあるんです、不思議なことが……」
肇は兄の緊急事態に病院の裏側で何が行われていたのか気にならないわけがなかった。
「なんですか?」
「あの夜、ドクターヘリが厚木にあるうちの系列の帝都大学附属病院から患者を運んでいるんです」
「緊急の患者が発生したんじゃないですか?」
「それが厚木の病院からではなく、御殿場に帝都製薬の研究所があるんですが、どうもその研究所に飛んで患者を拾って、それからうちの病院に来たようなんです。そのとき患者を受け入れた看護師仲間に聞いたんですが……」
「それはその研究所で事故か何かがあって、けが人が出たとか……」
「そうかもしれませんが、知り合いの看護師はその患者の顔を見たそうなんです。それが御手洗吟さんそっくりだったそうです」
肇は混乱した。
「え、どういうことですか? そのとき兄は手術中だったんですよね? その兄が御殿場からヘリで運ばれてきたと言うんですか?」
「私にもわかりません。テレビのニュースで御手洗さんの顔写真が出るじゃないですか? その看護師はそれを見てびっくりしたそうです。あのときの患者さんだ、と」
「逆ならわかりますよ。帝都病院からヘリで御殿場に運んだというのなら。しかし御殿場から運んできたというのなら兄は二人いることになってしまうんじゃないですか?」
「だから私にもわかりません。そう言えば、手術室に入りなおしたときに横たわっていた人の顔ですけど、包帯でぐるぐる巻きになっていて……御手洗さんは転落で脳に損傷を受けていたので、包帯で隠すことは考えられますが、あの短時間であんなふうに包帯を巻けるかなぁって」
肇は葬儀のとき、棺の中に置かれた包帯で顔を覆われた兄の姿を思い出していた。
「へんな話ですね……ほかにはなにかありますか?」
「あの日の翌日の夜、慰労会が開かれました。病院長がおごるからと、あのときのスタッフは全員誘われたんです。なんか口止めされているようなへんな感じでした」
「病院長には今日の昼お会いしています。今回の件でとくにへんなことはなかったっておっしゃっていましたが……」
「病院長は帝都グループの御手洗CEOの言いなりなんです。御手洗CEOが帝都病院を訪問するなんてこれまではなかったんですが、二年前くらいからみょうにやってきて病院長とひそひそ話ばっかりしているんですよね」
肇は苦笑する以外なかった。
「正憲CEOは私の父ですが、父が病院へ……」
塚田看護師がバツが悪そうに答えた。
「あ、そうでしたね……いまのは内緒でお願いします。私も帝都病院クビになったら困るので」
にっこり笑ってから肇は言った。
「だいじょうぶです。むしろお話をお伺いできてありがとうございました」




