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秘密

 しばらくたってから、肇は父正憲の執務室を訪ねた。肇が銀行と帝都HD本社を行き来するように、父もまた帝都製薬と帝都HDを行き来していて、すぐに会えるのは珍しかった。この機会を逃すまいと肇は社長室へと向かった。

 社長室では正憲が自分のデスクに座っていた。肇がそのデスクの前に行くと、正憲はすぐに切り出した。

「で、なにが知りたい?」

「生命ラボで行われていることと、生命ラボとお父さんとの関係です」

「知ってどうする?」

 正直なところ知ってどうするかまで肇には考えられなかった。

「どうするかは、聞いてみなければわかりません」

「そうか……どこまで知っている? 山形とはあったんだろう?」

 山形研究員とあったことを正憲が知っていたことに少なからず驚いた。

「え? はい……ご存じでしたか?」

「ああ。山形なら無事だ。ある場所に移動になって研究を続けている。山形に話を聞いたのならおおよそのことは知っているんだな?」

「デュープがフェーズ一からフェーズ四までで成り立っていること、脳移植まで行なわれて初めてデュープが完成することとか、そのあたりは聞きました」

 正憲はしばらく黙っていたが、ゆっくりと立ち上がると窓際に向かった。外は五月晴れのいい天気だった。もともと五月晴れは旧暦の六月の梅雨の合間の晴れ間を言うらしいが、現在では五月の気持ち良い晴れ間も意味するようになったと言う。そんな快晴の午後も三時を過ぎ、外では心地よい風が吹いていることだろう。

「生命ラボと私の関係とも言っていたな? 生命ラボにはお前も深く関係している」

「知っています。事故のこととか」

 正憲が振り返って言った。

「いや、そんな最近のことではない。もっと昔からお前は生命ラボと関係している。生命ラボ誕生以前から関係している」

 肇には正憲の言っている意味がわからなかった。

「生命ラボ誕生以前って、生命ラボが設立されたのはわずか六年前ほどでは?」

「おまえの誕生には吟が関係している」

「兄さんが……どういうこと?」

 肇は言いながら正憲のいるところから少し離れた窓際に向かって歩いた。

「吟は生まれながらの難病だった。骨髄性白血病だ。骨髄の移植でしか助からない。肉親からの移植はもちろん考えたが、私も妻もHLA型が一致しなかった。骨髄バンクからの移植を待つ以外なかった。しかしそんなとき、アメリカで救世主ベビーが誕生したという情報が入った。弟や妹を作り、出生前DNA検査によってHLA型が一致する場合にだけ出産する。当時、私と妻は四十代。とくに妻の芳子は体が弱く、出産に耐えられそうもなかった。そこで人工授精という道を選んだ。二人でひそかにアメリカに渡り、救世主ベビーの誕生を祈った」

 肇は初めて聞く話だった。

「まさか、それが私?」

「そうだ。代理母には、当時私の秘書をしてくれていた木村典子が手を上げてくれた」

 木村典子は肇の母親の名前だ。

「母が?」

「そうだ。典子は愛人なんかじゃない。私たち家族のことを思ってくれたやさしい女だった。しかし日本では救世主ベビーなんて認められていなかった。やむをえず愛人という、彼女にとっては屈辱的な立場になっても、お前を産み育ててくれたんだ。実際にお前が誕生するまでには一年ほどかかった。その間の吟が味わった苦しみは思い出すだけでも苦しい。お前が生まれたとき、まず臍帯血を輸血した。それでかなり安定した。そして一年後に今度は骨髄移植を行なった」

「まったく覚えていない」

 肇が誕生したときと、一才になったときのことでは覚えているわけもなかった。正憲が窓際に立つ肇を見て言った。

「そうだ、それが問題なんだ。移植の当事者がまだ一人で判断できるような年齢じゃない……親が勝手に移植を決めている……それでも吟を救うにはそうするしかなかったんだ」

「兄さんがぼくに優しかったのはそんなことがあったからか……」

 肇には一つの謎が解けたが、少し寂しくもあった。

「移植のとき、吟は十歳を過ぎていたので、そんな舞台裏に気づいていたんだろう。もちろんそれだけじゃなかったと思う。あいつは冷たいやつだと思われがちだが、本当は心根の優しい子供だった」

 肇にはもう一つショックなことがあった。

「義母と思っていた芳子さんがじつは実母だった……」


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