不安
肇は山形と会ったその日帰宅してからは普段と変わらないようにして過ごした。高木の言うようにいま混乱し嘆き悲しんでも、なにも変わることはなかった。ただ恵子や心を驚かせ悲しませるだけでしかないことは考えるまでもなかった。心穏やかというわけにはいかないが、むやみやたらと感情のままに動くことはやめよう。いまは家族といることの幸せを大切にしよう、そう自分に言い聞かせもした。
夜になり、肇と恵子は普段通りダブルベッドで横になった。娘の心はそれまで兄の蓮と子供部屋で寝ていたが、蓮が亡くなってからは寂しがり、肇たちと一緒に寝ることが多くなった。この夜も心が真ん中にいたが、すぐに寝息を立てて眠った。
「今日はどこへ?」
恵子が聞いた。
「御殿場にある生命ラボという研究所の研究員に話を聞きに行った。いつか話すけど、かなり詳しくわかってきた」
肇の答えに恵子があらためて聞いてきた。
「わかったって、いったいなにを調べているの?」
「ラボに大金がつぎ込まれているんだが、それが何に使われているのかとか、事故のこととか、兄の自殺のこととか……」
「お兄さんの……なにか不審なこととかあるの? 事故のことも……蓮はなぜ死ななくちゃならなかったんですか?」
「まだはっきりしたことはわからない。ただあの事故はただの事故じゃない。事故の瞬間、予想もしなかったことがあって事故になった。僕が運転ミスしたわけじゃない」
「予想もしなかったことって?」
事故当時の記憶が少しずつ回復してきていた。
「電話を受けたらキーンという音がして、そのせいだと思うがエアバッグが破裂した。それで運転ができなくなって……」
「え、そうなの?」
肇は思い切って聞いてみた。
「恵子。僕は前となにも変わってないか?」
「前って? 事故の前ってこと?」
「まあ、そうだ」
「そうね……変わってないと思うけど」
「そうか……」
「あれだけひどい事故にあったのに傷がどこにも残らなかったのが不思議だけど……でも、生き残ってくれたことと比べればそんなことどうでもいい。蓮も同じように助かってくれたらよかったのに、って思う」
本物の蓮がどこかに生きているかもしれないとは思ったが、不確かな情報で恵子をまた傷つけるようなことはしたくなかった。
「そうだな。もしかしたら蓮も生き返るかもしれない」
「馬鹿なこと言わないで。なんとか現実を受け止めようと必死なんだから」
「でも、もし生き返ったらどうする? 中身もまったく変わらない蓮だったら」
「だからもうその話はやめて。蓮は亡くなったの。もうこの世にはいないの」
「でも」
「もう」
恵子は背中を向けてしまった。肇は天井を見つめながら呟くように言った。
「もし生き返ったら……」
そのとき肇の鼻から鼻血が垂れてきた。気がついた肇が起き上がってティッシュペーパーで鼻血を拭いた。恵子がそれに気がついて聞いた。
「どうかしたの?」
「いや、鼻血が……」
「珍しい……」
「そうだなぁ」
肇は血のついたティッシュペーパーを見つめていたが、胸の中では静かに不安が渦を巻きつつあった。




