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提案

 帝都病院は一号棟と二号棟の二つの建物からなっている。一号棟の方が古く、高さも低いが、病院長の部屋はその一号棟の最上階にあった。病院長としてはより高い二号棟の最上階に移りたくもあったが、それより横浜のみなとみらい地区で手に入れた土地に建てる予定の複合施設の方が気になっていた。その複合施設は病院と介護老人保健施設と特別養護老人ホームを兼ね備えた施設で、高齢化する日本社会を見据えたプランになっていた。

 しかし、それらはすべて表向きの話だった。大型クルーズ船が入港してくる横浜港を目の前にした複合施設では、世界各国からやってくる富裕層相手に先進医療を提供する予定だった。むろんプロジェクトDが生み出す医療技術はその目玉の一つとなるべきもので、病院長の野心をかき立てていた。クルーズ船と提携し、場合によっては手術はクルーズ船内で行なってもいいだろう。みなとみらい地区なら羽田空港に近接した川崎のキングスカイフロントエリアとの連携も容易だ。中村病院長の野望は果てしなかった。

 帝都HDの御手洗正憲社長に仕え、とくにここ数年プロジェクトDの進展に貢献してきたという自負があった病院長は、正憲の後ろ盾も強くこの複合施設の建設を強力に押し進めてきた。そしてその建設開始まであと一息というところまできていた。

 帝都病院一号棟の病院長室で病院長が電話していたのは、まさにその正憲だった。

「はい。肇さんが吟さんのDを見つけてしまいました。大変もうしわけありません。しかし、そもそも病院のまん前にある施設に入院させておいたのが間違いです」

「Dと言えども私の子供だ。目の届くところに置いておきたいのは当たり前だろ。体調に変化があれば病院ですぐに対応できるし」

 御手洗正憲の声だった。

「それはそうですが……肇さんが通院しているのがまずいですね」

「わかった。それでどこかに移動させたんだな」

「はい。いったん研究所に戻しました。ところで吟さんのDを今後どうされるつもりですか?」

 中村病院長は以前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「私の癌はどうなんだ? 少しはよくなる見込みはあるのか?」

 正憲の癌が見つかったのは、長男吟を後継者に指名する一年前ほどのことだった。当初は、毎年人間ドックで検査している正憲のことだったので、発見が早く、早期の治療で完治するかと思われたが、半年後に転移が見つかり、そこから事態は難航し始めた。正憲は自分の癌が治癒するにしろしないにしろ、長男吟に後を託す覚悟を決め、自ら癌であることを話すことで渋る吟を説得し、後継者として指名した。しかし、指名して一ヶ月経ったころ、吟は転落死した。落胆した正憲の体調は悪化していった。帝都グループ内のある種の権力闘争の中、癌であることはもちろん体調不良さえ知られるわけにはいかないと強く思い込んでいた正憲は、治療や検査すら周囲に気づかれないようにしてきた。

「……むずかしいですね……最新の医療技術を駆使しても完治するのは無理かと……」

 病院長は言葉を選びながら答えたが、正憲はあっさりしたものだった。

「そうだろう。覚悟はしている。吟の脳は損傷が激しすぎて使い物にならんと言うし……」

「吟さんの脳移植は今の医療技術ではむずかしいです。将来的には回復技術が進み、損傷部分を回復させることが期待できるんですが……」

「それより私の脳を移植してみたらどうだろうか」

「えっ」

 病院長は答えに詰まった。考えてもみなかった提案だった。

「考えてみる価値はあるだろう。冷凍保管している吟の脳は損傷が激しく、すぐには移植ができない。移植先のDはできあがっているが、このままでは三歳児のまま年老いてゆくばかりだ。それなら癌になって先のない私の脳を移植してみたらどうかと言うのは考えてもいいだろう。親の脳を子供の身体に移植するのなら、拒絶反応も少ないだろう。もちろん本人の身体に本人の脳を移植するよりはリスクはあるだろうが……何もしなければ確実に死を迎える今の状態よりは、私にとってましだ」

「……たしかに……社長を救えるのはそのプランしかないかもしれません」

 本当にそんなことができるのか、よくわからないまま病院長は答えていた。

「考えてみてくれ。と言ってもそんなに時間の余裕はないぞ」

「わかりました」

「わかっていると思うが、このことはだれにも言うな」

 正憲のドスの効いた声で言われると病院長には答えを選ぶことはできなかった。

「もちろんです」

 病院長は受話器を置いてから、訳もわからずため息をついた。


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