血脈
高木はなにも語らず運転を続けた。車は家族連れで賑わうショッピングモールの入り口を通りかかっていた。子供連れに夫婦らしきお年寄り、ペットを連れた女性。しゃべりながら歩いている子供たちもいる。肇が言った。
「少し停まってもらっていいですか」
高木は車を停めた。肇が道ゆく女性を指差した。若い三十代ほどの女性だ。洋服からは仕事帰りのように見える。
「あの人はだれかの娘さんです。そしてだれかのお孫さんです。もしかしたらだれかの奥さんかもしれないし、だれかのお母さんかも。だれかのお姉さんや妹さんかも……だれかの姪御さんや叔母さんかもしれない」
続いて肇が道ゆく男性を指差した。五十代くらいの会社員らしき人だった。
「あの人はだれかの息子さんで、だれかのお孫さんです。だれかの旦那さんで、だれかのお父さんかもしれません。だれかのお兄さんや弟さんかも……だれかの甥っ子だったり、だれかの叔父さんだったり……だれかのおじいちゃんかも……」
しばらく道ゆく人々を肇は見ていた。
「いまここを歩いている人は、みんなだれかと長い糸のような線で繋がっている……でも私だけがだれともつながっていないんじゃないか……そんな気になってしまうんです」
高木がふたたび車を動かした。ショッピングモールを離れ、やがて大きな公園の前を通り過ぎて行った。高木が話し始めた。
「私は、仕事が行き詰まったりしたときには、抽象的なことにはエネルギーを消費しないようにしています。できるだけ具体的なことを考え、具体的な行動に結びつくことだけに集中します」
高木の唐突な言葉に戸惑いもあったが、肇は続きが聞きたかった。
「具体的な……」
「ええ。御手洗さんがデュープなのか、デュープだったらどうなのか、たぶんそれは重要な問題でしょう。しかしすぐに答えの出る問題ではない。なら、その問題はさておき、生命ラボの実態をもっと調査しないと。御手洗さんの交通事故だってあやしい。お兄さんの吟さんの自殺だってあやしい。いろいろ不明なことが多すぎる。抽象的なことで悩んでいる時間はないんじゃないですか」
肇は混乱したままだったが、混乱したままでいいんじゃないか、そんな気もした。
「……そうかもしれない。少なくとも私は本物の蓮がどうなったのか知りたい」
「もうすぐご自宅に着きます」
「ありがとう」
車が細い道に入り、その道の角を曲がると御手洗肇の自宅がある。車が止まり、肇が車を降りた。高木が軽くホーンを鳴らした。玄関が開き、恵子と心の姿が見えた。肇が玄関に向かいながら言った。
「ただいま」
恵子と心が返した。
「お帰りなさい」
それを見てから高木は静かに車を走らせ始めた。




