噂話
【前回のお話】
入院していた肇に高木が接触してくるが、肇には事故を起こすしばらく前の記憶がなかった。高木は二人が頻繁に連絡を取り合っていたことと、長男蓮の葬儀のときの遺体の顔に傷ひとつなかったことを肇に教えた。混乱する肇にはかまわずシステムが更新されたと言って、鈴木は指紋と網膜のスキャンの仕直しをする。
1ヶ月が立ち、肇は退院し、メールを整理すると高木と頻繁にやり取りしていたことがわかった。妻恵子の勧めもあって、二人で兄吟が死亡した現場を訪ねたとき、過去の場面がフラッシュバックし、肇は高木とのことを思い出す。あらためて高木と連絡し、二人は落ちあう。そして高木が調べ上げた生命ラボのクローン人間の研究の件を高木から聞き、肇は驚く。
肇が記憶を取り戻したことで、調査を再開した高木は肇が運転していた車を事故現場近くの自動車整備工場で発見し、その車のエアバッグに細工が施されていたことを知る。さらに高木は、肇から預かった蓮の遺品からDNAと指紋を採取し、通夜の席で採取したものとを比較したところ、DNAは一致したが指紋は一致しなかったこと、そのことから葬儀のときの蓮はクローンだったのではないかと言った。事故の傷がなかったのは蓮本人ではなく、クローンだったからで、それを隠すために包帯が巻かれていたのではないか、と。
帝都病院は東京のお茶の水の広大な敷地に建てられた一号館と二号館の二つの建物からなる。一号館は十四階建だが、後から建てられた二号館は二十五階建で、その周辺では一際高い建物だ。神田川沿いの外堀通りに面しているため標高が高く、二号館の屋上はさらに高かった。一号館の屋上にはヘリポートがあり、一階の緊急救命室へはエレベーターで行く。
病院長室はその一号館側の最上階にあった。御手洗肇と御手洗恵子が病院長室から出てきて、病院長の中村が二人を見送っていた。六十を少し過ぎたくらいの中村病院長は普段から背広姿で、この日もブランドもののスーツを着こなしていた。病院長というより商社マンという肩書きの方がふさわしいくらいだ。
「本当に病院長にはお世話になりました。本来なら義姉がご挨拶に伺うところですが、兄の死がショックで日々の暮らしもおぼつかない感じなので許してやってください」
そう肇が言うと、中村病院長はさも恐縮ですと言わんばかりに言った。
「何をおっしゃいますか! 御手洗家のみなさんにはこちらこそお世話になっていながら、今回は私どもの力不足で吟常務をお助けすることができず、心苦しいばかりです。正憲CEOにはくれぐれもよろしくお伝えください。さあ、玄関までお見送りします」
「いえいえ、病院長、ここでけっこうです」
「そうですか、それではここで」
病院長が部屋に戻り、ドアが閉まった。恵子は、なんでも大袈裟な反応をする病院長が苦手だった。
「ナースステーションにも寄ってみましょうか?」
二人がエレベーターに乗ってしばらく降下して行くと、途中で二人の看護師が乗ってきた。二人はおしゃべりに夢中だった。
「そうなのよ、へんでしょ? いきなり出てゆけって言われて……」
「まだ御手洗さん、亡くなっていたわけじゃないんでしょう?」
「ええ。助からないだろうとは思っていたけど、先生は必死だったし、私たちも必死に延命措置をしていたのよ。それを……」
肇はふたりの会話を聞くともなしに聞いてしまっていた。肇はこらえきれずに看護師たちに話しかけた。
「あの~、御手洗さんというのは先日亡くなられた御手洗吟のことでしょうか?」
突然話しかけられた看護師が警戒した顔つきで答えた。
「え、なんですか?」
看護師たちが警戒しているのを見て、肇はあわてて自己紹介をした。
「突然すみません。御手洗吟の家族のものです。私は弟の肇、これは私の妻の恵子です」
エレベーターが停止しドアが開いた。ナースステーションがある階だ。二人の看護師がエレベーターを降りる。肇と恵子の二人もいっしょに降りた。
「いまお話がお伺いできないようなら、勤務が終わった後でどうでしょうか?」
肇の提案に看護師たちは顔を見合わせてからうなずいた。
「はい。わかりました。私は日勤なので五時ころには終わります。彼女はその場にはいなかったので、私だけでだいじょうぶでしょう」
一人の看護師がもう一人を指差して答えた。
「わかりました。では五時に病院入り口でお待ちしています」
肇はそう約束し、看護師二人は会釈してからナースステーションへ入って行った。




