終了
手術は十二時間を越すものになった。アメリカから呼び寄せた医師たちの支援もあったが、なんと言っても内田医師があざやかな技術を見せて無事に終わった。
「ふー、終わった。成功と言っていいだろう」
そういう内田を島田看護師がねぎらった。
「お疲れさまでした」
島田は内田のアメリカの大学時代からの知り合いで、内田医師が帝都病院に引き抜かれるにあたってこの島田看護師も引き抜くというのが条件の一つだった。モニターには拍手している中村病院長と生命ラボの田所所長の姿が映っていた。
「ICUに戻し、しばらくは面会謝絶だ。少なくても開頭手術の跡が目立たなくなるまで」
内田が島田に命じると、手術室に数人の看護師が入ってきて肇をベッドごと運び出し、廊下を経てICUと書かれた部屋へ入っていった。
そのころ生命ラボでは、田所所長がモニターを見ていた。隣に山形研究員と木下研究員がいた。モニターに映っている内田医師が中村病院長に尋ねた。
「移植後の患者の遺体はどうしましょうか? 脳交換手術ではないので、脳がない状態です」
モニターの中の中村病院長が言った。
「少しグロテスクですね」
田所所長が提案した。
「こちらで溶融処分にしましょうか?」
ふたたび中村病院長の声がした。
「そうお願いできますか? 生命ラボの溶融装置は優秀らしいですから。骨まで溶かしてしまうとか」
田所所長が答えた。
「そうです。かなり強烈な酸を使っていますので、大腿骨でも数分程度です」
中村病院長が田所に頼んだ。
「では、遺体袋に入れてうちの救急車で移送します」
「承知しました」
そう答えると田所所長はノートPCを閉じ、リモコンを使ってモニターの電源を落とした。
「相変わらずタヌキだな、あの病院長」
田所が吐き捨てるようにそう言うと、山形と木下が顔を見合わせた。
「クローン技術も成長促進技術も大きな赤ん坊を産んだだけだとさ。病院での脳移植が成功して初めてプロジェクトDは成功だと。だれがそのプロジェクトを構想したと思ってんだ。そういう全体像があるから脳移植に意味があるんだろうが……」
木下が田所をなだめるように言った。
「……そうですよね。いろいろな技術や人を組み合わせて成り立っているのがプロジェクトDで、脳移植イコールプロジェクトDじゃないですもの」
田所の不満は収まらない。
「しかもその脳移植は先だって引き抜いてきた内田って脳神経外科医だけが頼りっていうから笑ってしまう」
山形と木下がぎごちなく笑った。
「……遺体が届いたら、溶融処理してくれ」
田所が立ち上がってから言った。
山形が答えた。
「わかりました」
※ ※ ※
肇と高木が山形研究員と会うことになった喫茶店は、自家焙煎した珈琲を出すとか、昔からある名曲喫茶とかいうわけではなく、どこか活気がない店だった。どこの駅からも少し距離があることもあって、客はいつも少ない。四人用のテーブルと椅子が何組か置かれているが、それぞれが椅子の後ろにある仕切りで分かれているので、あまり人に聞かれたくない話をするのには都合がいい。と言って、個室というわけではないので、内密な話をするのはむずかしい。無料のWi―Fiが使え電源も取れるので、高木は原稿を書くときノートPCを持ち込んでよくこの店に立ち寄っていた。
高木は隣に座った肇の様子が気がかりだったが、山形の話は事件の核心に迫るもので、肇に気をつかってばかりもいられなかった。山形が続けた。
「プロジェクトDのDは、もうおわかりでしょう、デュープのDです。複製です」




