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崩壊

 田所に誘われて木下が答えた。

「吟さんや肇さんのように、あらかじめ細胞を採取して培養していればよかったんですが……六歳と幼いと言っても一年ほどは成長促進に必要です。急な培養と成長促進では、細胞が安定せず、細胞崩壊をきたす可能性があります」

 聞きなれない単語に鈴木秘書が尋ねた。

「細胞崩壊?」

「はい。細胞が文字どおり崩壊する状態です。目や口、耳などから出血し、手や足の皮膚が剥がれやすくなってゆきます。内臓も溶けてゆくような状態になってゆくので生存するのはむずかしいでしょう」

たまりかねて正憲が言う。

「いくらDとは言え、孫そっくりの幼い子供がそんな目に遭うのを見ていられない」

「では吟さんと同じように冷凍保存し、未来の医療技術の進歩にかけてみてはいかがでしょうか?」

「病院長はそう言うが、本当に冷凍保存して、脳などの臓器はだいじょうぶなのか?」

「正直、わかりません。最新の機器を使ってはいますが……アメリカでは数百人が冷凍保存されているということを頼る以外にありません」

 しばらくの沈黙のあと、正憲が言った。

「蓮の葬儀はどうする? 遺体を冷凍保存するなんていまの日本で受け入れられないだろう。肇や恵子ら親は反対することはないと思うが……吟のときにはかわりにDを火葬したが……」

 こういうときに悪巧みに長けているのが田所だった。

「蓮さんのDを作って火葬したらいかがでしょうか?」

 ギョッとした顔で正憲が聞く。

「間に合うのか?」

 専門的な質問だったため、木下が答えた。

「一年でおよそ十年分にあたる成長をとげます。六歳と言っても一年ほどは成長促進に必要だと先ほど申し上げました。そうでないと細胞崩壊が起こりかねないと。ただ、短期間であれば目に見えるような細胞崩壊は起こらないでしょうから、気づかれることはないかと思います。まして死亡していれば細胞崩壊自体が起こりません。それを考えれば、なんとか半年間持ちこたえさせることができれば、その時点のDと入れ替えて、本人は冷凍保存に回して、Dを火葬すればいいかと」

 病院長もうなずきながら言った。

「肇さんも脳移植がかりに順調でも意識を回復されるまでけっこう時間がかかるでしょう。開頭手術の手術痕も目立たなくなるにはそれなりに時間がかかりますし。余裕を持って六ヶ月は欲しいですね」

 正憲はみょうに感心した。

「なるほど……しかし、火葬されるだけに生まれるDもあわれだな……」

 話をまとめてしまいたいのか、鈴木秘書が割って入った。

「たしかにそうですね……しかし社長、そんなセンチメンタルなことでいいのでしょうか?」

「そうだな……蓮を冷凍保存するためには、やむをえないか……」

 思い出したように鈴木秘書が聞いた。

「吟さんのDはどうしましょうか?」

「いまは生命ラボにはいないんだな?」

 正憲の質問には木下が答えた。

「成長促進がじゅうぶん行なわれたため、システムから解除しました。意識も回復し、日常生活への復帰、いわゆるリハビリテーション期間に入ったため、帝都病院付属の療養施設に移送しました。本来なら吟さんの体から脳を移植してDが完成するのですが……」

 しばらく考えてから正憲が言った。

「吟の脳の損傷が激しくて移植がむずかしいからな……いまのままでいいのではないか? ほとんど体だけが成長した赤ん坊のようなものだが。私に少し考えがあるので、その状態を維持しておいてくれ」

療養施設を管轄する中村病院長が言った。

「承知しました」

「肇の脳移植は、肇のDの準備が整ってからということになる。みんなそのつもりで」

 正憲が会議を終わらせた。


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