集合
二〇三〇年九月六日。
東名高速を走っていた御手洗肇が運転していた車は、厚木ICの分岐点手前で黄色い樽に赤と白のチェックの模様の帯が巻いてあるクッションドラム二つを跳ね飛ばしてから分岐点を乗り上げて横転した。近くを通行中の運転者から110番通報があり交通警察隊と救急隊が駆けつけた。肇はエアバッグが作動したことでかろうじて致命傷を負うことはなかったが、蓮はフロントガラスを突き破って外に放り出されていた。
肇と蓮を収容した救急隊は、平塚にある総合病院の救急救命室に二人を運び入れた。二人とも意識不明の重体だったが、少し容態が安定した状態でそれぞれ集中治療室(ICU)に移された。車のナンバーと所持品の免許証から御手洗肇の連絡先を知った警察から自宅に連絡があり、家族がかけつけた。
事故があったのは午後二時過ぎだったが、七時ごろには関係者がほぼ集まっていた。平塚の病院では、ICUの近くに別室があり、家族はそこで待機することができた。その部屋には医師用の机と椅子があり、机にはPC一式があった。その左側にレントゲン写真をかけるシャウカステンが置かれていた。シャウカステンの前には白いテーブルがあり、そのテーブルの周りにはいくつかの簡易な椅子があった。恵子と正憲、秘書の鈴木が机に向かって隣あって座っていた。医師がレントゲン写真などを持って部屋に入ってきた。
「主人と息子の容体はどうなんでしょう?」
恵子が口火を切った。
「まずご主人のほうですが、悪いですね」
医師がレントゲン写真をシャウカステンにはさむ。
「鎖骨と胸骨を骨折しているほか、頭部に外傷があり、脳挫傷、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血および脳内出血という状況で、脳幹と小脳を含んだ脳のあらゆる部分が腫脹し、脳ヘルニア状態となっていました」
「脳ヘルニア?」
正憲の声に医師が答える。
「頭がい骨の容量を超えて脳の各部分が膨張すると、頭蓋内圧が高くなって脳血流低下にいたり、脳低酸素状態に陥ります。そのため、到着後、ただちに開頭手術を行いました。自発呼吸を行なっているようですから、脳死状態には陥らずにすみましたが、依然として危険な状態です。息子さんのほうは……かなり悪いです。事故の瞬間にフロントガラスを突き破って車外に放り出されたようで、内臓のいたる箇所が破裂し出血しています。顔面もフロントガラスとの衝撃のせいでかなり傷ついています。お二人とも意識が戻らないままです」
医師の説明を聞き恵子が泣き出した。
「御手洗さんは帝都病院の関係者の方ですか? 帝都病院に移送できるのなら、はやめのほうがいいですね」
医師の勧めを受けて鈴木秘書が答えた。
「わかりました。すぐ移送の手配をします」
医師が部屋を出て行った。
「私、主人のそばにいます」
そう言って恵子も部屋を出ていった。
「吟が亡くなったばかりだというのに……」
正憲は悲痛を通り越して呆然としていた。
「御殿場研究所へ向かって東名高速を走っていたようです」
鈴木秘書の説明を聞いてため息すら出てきた。
「深入りしおって……吟がいなくなってしまった今となっては、肇を取締役に就任させることまではできたから、さらに一年後に常務へ、そのさらに一年後には肇に社長の座を譲って、わたしが会長に就任するはずだったんだが……計画が狂ってしまう……いまの会長を退任させるためには、私が会長になる以外ないのだ。そのためには肇に社長をつがせて、綿貫家をおさえないとならんのだが……」
「会長、そんなこといま考えている場合じゃないでしょう」
「お前になにがわかる。いま肇に死なれては、すべての計画が崩れてしまうんだぞ」
さすがの鈴木も絶句した。
「……死ぬって……肇さんは死ぬわけではありません」
「死んだも同然だ、役に立たなきゃ」
「そんなこと御家族の前でおっしゃらないでください」
正憲が気持ちを切り替えて鈴木に聞いた。
「プロジェクトDの進み具合はどうだ?」
「吟さんのときには、投身自殺だったため、脳の損傷が激しくてできませんでしたが、肇さんの場合にはできるかもしれません」
「チームのメンバーを集合させろ。それと肇を帝都病院へ移送しろ。こんな病院じゃ、どうなるかわかったもんじゃない」
「承知しました」
正憲の命を受けて鈴木が慌ただしく動き出した。




