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複製

 その日のうちに高木は肇に連絡した。山形と会うことができたこと、肇にあえるなら山形はあってもいいとのことだったと伝えた。高木はそれ以上のことはなにも言わなかった。不完全な情報を伝えて肇を混乱させるのが忍びがたかったからだ。

 翌日山形から高木のスマホに電話があった。名刺に編集部の電話番号とは別に高木のスマホの番号も書き入れておいたからだ。都内の方が知っている人間にあわないだろうと山形が言うので、高木は新宿にある喫茶店で落ちあうことにし、肇にも知らせておいた。

 その喫茶店は古くある店で、四人掛けのテーブルが何組かあったが、時代に合わないのか、客がまばらでそれがかえって都合が良かった。午後二時過ぎの約束だったため、その少し前に高木と肇は落ち合った。テーブルの一席に向かい合って肇と高木は座った。

「デュープ?」

 高木が山形とあったときの話を聞き、肇は初めて聞く単語を聞きなおした。

「はい。デュープと山形主任は言っていました。私たちの業界で『デュープ』と言えば、フィルムのネガやポジの複製を作ることです。デジカメの時代にはファイルのコピーでいくらでもコピーできるのでデュープを頼むこともなくなりましたが」

「デュープが複製の意味だとして、なにをデュープするんです?」

 事件の核心に関わる疑問だと言う予感の中、肇は高木に質問した。高木が一瞬怯んでから答えようとしたとき、喫茶店の入口のカウベルが鳴り、山形が入ってきた。高木が立ち上がり、山形を呼んだ。山形が席にやってきて、肇は立ち上がった。肇の顔を見て、山形は驚いた。

「だいじょうぶですか? 御手洗さん」

「事故の怪我ならもうだいじょうです。七月に開かれる役員会にも出席する予定ですし」

 肇が高木の隣の席に移り、高木が山形に座るよううながし、山形が二人に向かい合って座った。

「事故の怪我は、それはだいじょうぶでしょう。なぜならあなたは事故にあっていないからです」

肇が思わず声を上げた。

「え?」

「最初からゆっくりと説明します。私は国立再生医療研究所でクローン技術について研究していました。ご存じのようにネズミや犬、羊などではずいぶん以前にクローン化は成功しています。私が研究していたのは、人間のクローン化です。しかし倫理的な問題から人間のクローン化には抵抗があります。再生医療研究所でも研究に圧力があるようになり、悩んでいた私を拾ってくれたのが、帝都グループです。四年前の四月に引き抜かれ、帝都製薬の御殿場研究所生命ラボに勤めるようになりました。待遇も、国立の研究所では考えられないくらい厚いものです。その年の六月には人間のクローン化にも成功しています」

 高木がうなずきながら言った。

「やはり成功していたんですね?」

「はい。『clone』の語源は『挿し木』ですが、遺伝子クローンも細胞クローンも生物をもう一度最初から生き始めさせる技術です。私たちが目指したのは、まるきり同じ状態で再生することです」

「レプリカント?」

 高木はよく知られている単語を口にしてみた。

「『レプリカント』は映画の中の造語ですね。クローン技術で使われる『複製 repulication』をもじっています。クローンで誕生するのは、人間なら赤ん坊です。赤ちゃんからもう一度人として人生を送りなおします。複製では、たとえば四十歳の人間なら四十歳の状態で誕生し、そこからスタートです」

 高木が核心に迫ろうとする。

「デュープというのは?」

「『duplicate』からとった単語です。これまでは『複製』と言っても、人間の記憶までは複製することはできません。記憶がなければ感情も、知識も、知能も、人間らしいものはいっさいありません。四十歳の人間の複製を作っても、中身は赤ん坊のままです。『デュープ』は記憶も含めてまるごと人間の複製を作る技術です」

 肇は恐ろしい話を聞いているようだった。

「少し話を戻します。私は人間のクローン化にはすぐに成功しました。羊でクローン化が可能なら人間もさほどむずかしくはありません。障害は倫理的な問題だけです。しかしクローン技術でできるのは胎児くらいです。木下のことはご存知ですか?」

 肇と高木が顔を見合わせた。

「木下武さんのことでしょうか? 山形さんと同じ再生医療研究所の研究員だった?」

「はい。木下は、成長促進技術について研究していました。私とほぼ同じ時期に帝都に引き抜かれました」

 高木は素朴な質問をした。

「成長促進ってなんですか?」

「文字どおり生物の成長を早める技術です。豚はおよそ半年で百kgを超え出荷できるように成長します。牛は七百kg近くなって出荷しますが、二年半かかります」

肇も会話に加わった。

「詳しくは存じませんが、そうでしょうね。豚と牛では体の大きさも違いますし」

 高木が引き取って続ける。

「成長促進ということは……」

「木下が研究していたのは、通常のスピードより速く成長するためのシステムです。牛なら最短で二カ月。三十カ月が二カ月ですから十五分の一です」

「それを人間に?」

 クローンと聞いても驚かなかった高木だが、この話には驚愕した。

「ええ。成功しています。じつは私も木下にはもう長くあっていないのです。生命ラボはゾーニングされていて、出入り口も分けられていて……クローン技術だけでは赤ん坊が誕生するだけです。私のクローン技術と木下の成長促進技術、二人の研究を合わせることでデュープの土台は完成するはずです……はずでした」

「はずでしたとは?」

「簡単な実験程度では成功していました。しかし、本格的な実験はまだ先のはずだったのですが、そんなとき御手洗さんの事故が起こったのです」

 肇は衝撃的な話の展開についてゆくことができない。


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