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他人

 それはまるで幼児の言葉遣いだった。知的な兄吟の姿とのギャップの激しさに肇は狼狽えた。男が井上看護師に向かって尋ねた。

「おねえさん、この人たちはだれでしゅか?」

 井上看護師が肇たちに向かって答えた。

「柳沢さんは生まれつき知能の成長が止まってしまっていて、いま三歳程度なんです。お兄さんとは違うんじゃないでしょうか?」

「三歳……」

 肇には三歳という説明が飲み込めなかった。兄は四十を過ぎている。日本最高と言われる大学を優秀な成績、一説には首席だったという、で卒業し、帝都グループを率いる若きリーダーだ。

「あ、わかった。せんせいでしゅね。ね、そうでしょ」

 肇は呆然とした。

「どう見ても兄なんだが……」

「もうよろしいですか? いくら帝都の方と言っても、施設長扱いの患者さんに無断で合わせたというとまずいんで……」

 そう言って井上看護師が肇と恵子を部屋から連れ出した。

「またきてね。こんどはいっしょにあそぼ」

 兄吟としか思えない男が手を振りながら言った。ボンヤリそれを見ていると二人の男がやってきた。この療養施設の中山施設長と帝都病院の中村病院長だった。

「御手洗さん、どうしてこんなところへ」

 中村病院長はそう尋ね、中山施設長は部屋の名札を見て言った。

「柳沢さんにお会いになられたんですか?」

 肇がうなずき、こう答えた。

「亡くなった兄にそっくりだった……」

 中山施設長は平然と言い返した。

「ああ、そうですね……他人のそら似とは言え、吟前常務にそっくりですね」

 それを聞いて中村病院長もたたみかけた。

「おや、そんな患者さんがいらっしゃるんですか? それじゃいつか紹介していただきましょうか」

 中山施設長はかたわらにいた井上看護師に向かって言った。

「御手洗さんをこんな場所へお連れしてどういうつもりだ、君は」

 怒鳴られて井上看護師は恐縮した。

「無理矢理頼んだのは私だ。責めないでやってくれ。本当に他人のそら似なんですか? あまりに兄に似ている。兄としか思えない」

 看護師をかばいながらも肇は吟の姿が忘れられない。

「吟前常務は一年前に亡くなられましたよね。私も葬儀にお伺いしました。惜しい人を亡くしたものです。未来の帝都グループを率いる方でした。肇さんがお兄さんのあとを引き継がれるんでしょう。社長はそうおっしゃってらした」

 中村病院長がそう言えば、中山施設長も合いの手を入れる。いいコンビだ。

「そうでしたか……未来の帝都グループの社長ですか……それならなおさらうちの患者なんかにかまっていては……」

 中山施設長が中村病院長に目配せした。

「そうですね。じゃあ帝都病院でプランしている複合施設の件でも御手洗さんにご説明しましょうか。どうぞこちらへ。奥様もよろしかったらどうぞ」

 肇と恵子を誘って中山施設長と中村病院長たちは病院へと戻っていった。柳沢と呼ばれた男の部屋のドアが少し開いていた。男が隙間から覗いていた。

「こんどきたときはあそんでね」

 男は楽しげに言った。


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