幼児
言い終わる前に肇は走り出した。つられて恵子も追いかけた。二人が病院を出て道路を渡ろうとしたとき、四トントラックが通り過ぎ、吟らしき人間を見失ってしまった。肇は道路を渡り、療養施設の中に入っていった。恵子は後を追った。施設の一階はロビーになっていて、受付に事務職員の女性が二人いるほかは、何人かが車椅子に乗り、看護師らしき人間が押していた。そのうちの一人に肇は尋ねた。
「いまここに入ってきた人はどこへ行きました?」
「どちらさま? 患者さんのお見舞いですか?」
看護師は息せき切っている肇たちを見ると警戒した。
「御手洗です。帝都グループの御手洗肇です」
看護師が警備員を呼んだ。
「ちょっと来てください。怪しい人がいます。不審者です」
「怪しいものではありません」
警戒を解こうとそうなだめてもだめだった。すぐに警備員がやってきた。
「少しお話をおうかがいできますか?」
やってきた警備員に説明するしかなかった。
「私は帝都HDの御手洗肇です。ここは帝都病院付属の施設なんでしょう」
警備員がしばらく肇を見ていて、やがて気づいたようだ。肇が事故に会ったあとで発行された広報誌で、事故前の取締役会で承認された新人の取締役として肇は顔写真付きで掲載されていた。警備員が敬礼した。
「失礼しました、御手洗さん。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「つい今しがた私の兄に似た方がこの施設に入ってゆくのを見たんだ」
「お兄さん……御手洗吟さんですか……昨年亡くなられた……」
その警備員は兄吟のことも知らないわけではないようだ。警備員が看護師に尋ねる。
「井上さん、こちらは帝都グループの御手洗さんです。怪しい人ではありません。今戻ってきた方というとどなたでしょうか?」
井上と呼ばれた看護師が受付にいる女性たちに聞いた。
「今戻ってきた人って言ったら柳沢さんかしら?」
受付の女性の一人が「そうです」と答えてくれた。
「柳沢さん……その方に会えますか?」
肇が頼むと、井上看護師が警備員を見た。警備員はうなずいた。
「ご案内しましょうか?」
井上看護師が案内を申し出てくれたので、肇たちは従うことにした。井上看護師は近くにいた別の看護師に車椅子の患者を渡し、エレベーターへ向かった。肇と恵子も後を追い、三人でエレベーターに乗り込んだ。
「柳沢さんはちょうど一年ほど前に入院してきた患者さんです」
エレベーターが止まり、三人は降りた。廊下を歩きながら井上看護師はさらに説明してくれた。
「身寄りがいないせいかお見舞いに来るご家族もいないし。それなのに施設長の特別扱いなんです。だから普通は合わせることはできないんですけど。帝都の方じゃ……」
名札に「柳沢」と書かれた部屋の前で井上看護師は立ち止まった。
「こちらです」
井上看護師がドアを開け、三人は中に入っていった。部屋の中には吟そっくりの男がいた。それを見て肇と恵子は驚愕した。
「兄さん」
男はうつろな目で肇を見た。肇と恵子は男に近寄った。
「やっぱり兄さんだろう。どうしてここに」
「お兄さんなんですか? 一年前、お葬式あげたんですよ。どうして?」
やはりあのとき火葬したのは吟ではないだれか別の人間だったのか、と肇が思い始めたとき、男が言った。
「だれでしゅか?」




