異母
そんなことをという言葉は飲み込んでしまった。父正憲が関係しているのではないかという嫌な予感がした。
「いまの時点ではわかりません。ただ鈴木秘書が関係していることはたしかでしょう」
「鈴木……」
事故車の件と言い、蓮の葬儀の件と言い、鈴木秘書が鍵を握っていた。
「私が蓮さんの包帯を外して傷がまったくないことを確認したとき、わざと元に戻さずに棺を離れたんです。あとからやってきた鈴木秘書は、棺の中を見て驚いてはいましたが、あのときの驚き方は顔に傷がなくて驚いたのではなく、包帯が外されていたことに驚いたように思えました。だから鈴木秘書はだれにも何も言わずに包帯を元に戻した……鈴木秘書が怪しいとはおもいますが、御手洗さん、うかつに動かないでください。なに一つわかっていません。そんな段階で鈴木秘書を詰問してもなに一つえられるものはないでしょう」
「しかし蓮はぼくの子供です!」
肇の感情が思わず爆発した。高木もそんな肇を初めて目にしたため驚いた。
「気持ちはわかります。あの火葬した蓮さんがクローンだとしたら、本物の蓮さんはいったいどうなったのか? そういう疑問も浮かびます。だからこそ慎重に行動しましょう」
肇は唇をかんだ。
「本物の蓮がまだどこかで生きているというんですか?」
「その可能性もあるということです」
「だれがなんのためにそんなことを……」
父正憲がそんなまだるっこしいことをするだろうか……親と言えどもなにを考えているのかわからない。
「わかりません……ただ首謀者は帝都グループ内の人間ではないでしょうか?」
「鈴木の背後に父がいるのはたしかでしょう」
肇の父という言葉に高木が反応した。
「お父さん……御手洗正憲社長は会長になるという話も聞きましたが……」
「ええ。父は昨年の六月に兄の吟を後継者に指名したんです。あとは常務から社長に昇進させ、自分は会長職に就く腹積もりだったんです。しかし兄は昨年七月に社長就任の前に自殺してしまいました」
「当時副社長を務めていた帝都銀行の本店ビルからの投身自殺ですね」
「遺書には後継者として指名されたが、その重責に耐えられなくなったとありました。じつは兄は、後継者に指名された当初は猛烈に反対していたんです。まだ自分は若く未熟だからふさわしくないと。ところがある時期から後継者であることを受け入れるようになりました。それは父が癌であることを聞かされたからのようです」
高木は驚いた。
「え! 正憲社長は癌だったんですか……」
「ええ……余命半年と言われたようですが、もうだいぶたちますね。父が余命幾許もないことから兄は後継者となることを受け入れたんでしょうが、そこに無理があったのか……兄の自殺によって後継者として新たに白羽の矢が立ったのが……」
「肇さん、あなたですね」
肇は高木から目をそらし、天井を見上げていった。
「ええ、まずは私を取締役にし、次に常務に昇格させ、最後は社長です」
顔を正面に向き直して肇は続けた。
「そう言ったって、それまで一介の銀行マンでしかなかった私に帝都グループを率いることなどできません。エリートとして育てられた兄とは違います」
肇は一息ついてから続けた。
「じつは兄と私は母親が違うんです」
「え!」
高木はふたたび驚いた。
「このことは極秘扱いですから、私の家族や帝都グループでもかなり親しい役員でないと知らないことですから、マスコミの方もご存じないかと思います。私は、父正憲が愛人に生ませた子供なんです。その母が若くして亡くなり、私は幼くして引き取られましたが、母との生活は私にとって大切な思い出です……正憲の妻、私にとって義母にあたる御手洗芳子は私を可愛がってはくれましたが、心の底から……というわけではありませんでした。私はどこか孤独でした。しかし兄は分け隔てなく私を弟として接してくれました。エリートとして教育を受け、帝都グループのリーダーとして帝王学を身につけていた兄がいたからこそ、私は平凡に生きてこれたんです。それが……兄が突然自殺したことで、私の人生に大きな変化が起こってしまいました……」
「そうだったんですね。苦労知らずのボンボンかと思っていました……」
高木の率直な物言いに苦笑しながら肇が答えた。
「そう見えるでしょうね。そんな傍流で育った私が本流になろうとしているんです。戸惑うのも無理ないですよね……」




