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細工

 高木と会って事故に会う前までの記憶の抜けや記憶違いがだいぶ解消され、すっきりした面もあったが、逆にかえって懸念を抱かせることも多かった。高木は生命ラボで肇にあったというが、肇自身は帝都病院に入院しており、生命ラボへは行っていないはずだ。しかし、肇には生命ラボらしき場所で高木と出会った記憶がぼんやりとある。あの記憶はなんなんだろうか。

 帝都HDの自分の執務室で業務をしていても、ボンヤリと頭の片隅でそんなことを考えていると、手元の仕事がはかどらなかった。そんなとき電話が鳴った。

「御手洗肇です」

「厚木にある山本自動車整備工場をご存じでしょうか?」

 秘書からだった。

「厚木? 知りませんが……」

「そうですか……高木さんのお知り合いだと言ってらっしゃるのですが?」

「高木? つないでください」

 厚木と言えば事故にあった場所の近くだ。事故についても調査すると高木は言っていた。

「もしもし……あのぉ」

 聞いたことのない男の声だった。

「御手洗ですが……」

「あ……御手洗さんでらっしゃいますか?」

「帝都HDの御手洗肇です」

「本当なんですね……」

「だから言ったでしょう。御手洗さんの依頼だって」

 電話の声が変わった。

「高木さん?」

「はい。高木です。御手洗さんが乗っていた乗用車を発見しました」

「私の車?」

「ええ。かなりひどい事故だったようですので、事故現場の近くの修理工場にあるかもしれないと思ってしらみつぶしに調べてみたら、厚木IC近くにある山本自動車整備工場という名前の工場に保管してありました」

「なんのために? 普通、事故車は処分してしまうものでは? もう事故から半年以上たっているのに……」

「私も不審に思っているのはその点です。なぜなのかこれから調べてみます」

「わかりました」

 事故のときの記憶はいまだ鮮明ではなかったが、大きな手がかりを手に入れようとしていたことがはっきりわかった。肇は受話器をおいた。


※    ※    ※


 山本自動車整備工場は東名高速の厚木IC近くにあった。厚木と海老名の間を流れる相模川の支流の一つの傍で、平塚と厚木を結ぶ国道129号線に近く、なにしろ厚木の料金所のすぐ近くにあることから、東名の海老名から伊勢原あたりまでの間、事故車が出ると警察から連絡があることが多かった。

 従業員はそれほど多くはないが、この日はとくに社長の山本と整備員の二人くらいしか出社していなかった。そこに突然週刊誌の記者がやってきたため、めんどうなのと警戒心から邪険にあたっていたが、帝都グループの役員が関係しているとなるとそうもいかない。こんな工場でも帝都グループの帝都自動車と関係は深い。どこでだれとつながっているかわからない以上それなりに対応しないと危険であることくらい山本にもわかった。

 高木が受話器を顔でさしてから、電話を切った。

「だから言ったでしょう。御手洗さんの依頼で調べているんだって」

「そう言われても、名刺が週刊誌の記者じゃ……」

「いまはその名刺しか持ち合わせていないんですよ。それより事故車の件ですが、なにか変わった点はありませんでしたか?」

 山本が整備員を見る。

「変わった点ねぇ……フロントまわりの壊れ方からすると、わき見運転かなにかでパーキングの分岐点に突っ込んだとしか思えませんが……壊れ方としてはおかしな箇所はありません。エアバッグが開いたんでかろうじて助かったんでしょうね」

 三人は話しながら整備場に入っていった。中にはシートをかぶせてある車が置いてあった。

「事故車の引き取りはだれに頼まれたんですか? 警察ですか?」

 整備員たちがシートをはがすとフロント部が大破した乗用車があった。エアバッグが破裂していたことが一目で分かった。

「高速道路上の事故車は、警察に依頼されて引き上げに行く場合もありますが、この車はたしか警察のほうですでに署のほうに引き上げてあったのをもらいうけに行ったんだったと思います。連絡が鈴木秘書さんのほうから入って……」

 高木は思わぬ名前が飛び出したため驚いた。

「鈴木秘書から?」

「ええ。御手洗さんの車だから引き取ってほしいという電話がありました。その後、しばらくしたら鈴木さんが見えられて、もうしばらく保管してほしいと」

「直接、本人が来たんですか?」

「ええ。帝都グループの秘書がうちなんかに直接お見えになったので驚きました」

 鈴木秘書は車の保管について頼みにきただけでなく、事故の様子を調べにきたらしいこともわかった。

「車のなにを見ていったのかわかりますか?」

「ハンドルのあたりでした。お偉いさんが来たので、私がずっとつきそっていました」

「ハンドル? エアバッグのあたりですか?」

 高木がエアバッグをずらしながらハンドルを見た。運転席左側に携帯電話を装着する機器があった。高木が運転席の上を見ると小型のスピーカーがあった。整備員が山本に向かって言った。

「そういえば、社長、この車はエアバッグの根元にこげたような跡がありましたね」

 山本はそのことを知らなかったようだ。

「ハンドルになにか細工をすることってできますか?」

 高木はある確信を抱きながら整備員に尋ねた。

「細工と言われるとわかりませんが、ステアリングを交換するのは簡単です。一昔前だとエアバッグが大きかったのでむずかしかったのですが、いまの車種ならあっというまです。実際、エアバッグが劣化したら交換するしかありませんから」

「すみませんが、この車のハンドルをはずして調べてみていただけませんか?」

 整備員が山本の顔を見る。山本はうなずいた。

「いいですけど……」

「エアバッグのところを重点的にお願いします」

 高木が整備員たちに催促するように言った。


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