退院
肇が退院できるまでにはさらに一ヶ月ほどの日にちが必要だった。六ヶ月間という長期にわたって安静にしていたため、とくに体力がなく、入院の多くは体力回復のためのリハビリに費やされた。それでも本人が熱心だったため、予想以上に回復は早かった。週刊誌の記者だという高木のことは思い出せないままだったが、高木からも接触はなかった。
肇が入院していた帝都病院の特別個室では、妻の恵子が肇の身の回りのものを整理し、片付けていた。肇は着替えていて、白衣を着た内科医の酒田がたちあっていた。
「長い間、お世話になりました」
肇が礼を言うと酒田医師が答えた。
「本当にここまで回復するとは思いませんでした」
「本当にお世話になりました」
恵子が重ねて礼を言った。
「今後は定期的に通院してください。とりあえずは一週間に二回程度。その後は、一週間おきにして、さらに一か月ごとにして、と期間を長めにする予定です」
酒田医師の説明に「はい」と肇が答えた。
「体力が回復していないでしょうから、車いすが必要なら病院から貸し出しますが?」
「けっこうです。ここ一週間くらいはだいぶ運動していますから。ゆっくりとなら普段通りの生活ができるようになりました」
「うちは帝都グループの中核の病院ですから。なにかあったらなんでもご連絡ください。お父さん、正憲CEOにもよろしくお伝えください」
「本当にありがとうございました」
荷物を持った恵子と肇は酒田医師にあらためて挨拶をしてから病室を出て行った。その廊下で酒田医師が御手洗夫婦を見送っているともう一人の医師が酒田に声をかけた。帝都病院の中村病院長がアメリカの大学病院から引き抜いた脳外科医の内田だった。
「ついに退院か……」
酒田が答えた。
「体力はかなり復活しています。後遺症はそれほど見当たりません。昔の記憶はあるようなんですが、最近の記憶がないようです。認知症に近い状態です」
「原因はわからないが、移植すると直近の記憶が一時的になくなる例はある。何かの瞬間に記憶が蘇るようだが……手術のあとは?」
「素晴らしい出来です! ほとんど気がつきません。どうすればあんなに手術痕なくできるのですか?」
「それが私のウリでもあるから。いずれにしろ脳外科の私が担当医となると不自然なのでよろしく頼むよ」
「はい、わかりました」
世界でも例の少ない脳移植を手がける内田の前では、酒田は医学生も同然だった。




