指紋
「この写真をご覧ください」
そう言ってから高木は、自分のスマホをポケットから取り出して操作し、スマホの画面を肇に見せた。スマホには肇の長男の蓮の顔が写っていた。
「私の息子だが……」
スマホの画面をスライドさせると棺の中に横たわっている蓮の姿が現れた。肇は驚愕した。通夜のときの写真だということはすぐにわかった。
「あのときの……顔に……」
「包帯でぐるぐる巻きになっていましたが、顔はとくになにもありませんでした」
「でも、傷がひどいから……見ない方がいいって」
「だれがそんなことを」
「医者が……だから恵子もぐっとがまんして……」
「かわいそうに……心ちゃんは、あれはお兄ちゃんじゃないって言っているそうですね」
「写真を見た限りでは蓮に間違いありません」
「ではなぜ包帯で顔を隠す必要があったんでしょうか?」
肇は頭を抱えながらうずくまった。
「包帯を外したままにしておいたら、おたくの鈴木秘書は包帯を巻き直していました」
「鈴木秘書が……」
「あの秘書は間違いなく何かを知っていますね」
「わからない……」
なかなか戻ってこない肇を心配して恵子がやってきた。ただならない気配に恵子は驚いた。
「やめてください。この人はまだ治療中なんです。なにをするんですか!」
恵子が車椅子を押して肇を病院内へ連れ込もうとした。高木はしゃがみこんで肇のひざをつかんだ。
「思い出せなくてもいい。おれの顔を覚えておいてください。高木です。近いうちにきっと御手洗さんの役にたつはずです」
「やめてください」
恵子が肇を連れて行ってしまった。高木は煙草を足元に捨て、足で踏み潰し、肇と恵子の後姿を見つめていた。
恵子は肇が乗った車椅子を押し、個室に戻ろうとしていた。肇は頭痛がするのか頭を押さえている。
「だいじょうぶあなた? なんなのあの人は、病人に無理やり……」
個室に入ると部屋では鈴木秘書が医療スタッフ二人と医療機器を持ち込みセットしていた。あっけにとられて恵子は言った。
「どうしたんですか、鈴木さん? この機械はいったい……」
「ああ、奥さま。会社のセキュリティシステムが更新されることになっているので、肇さんの指紋と網膜を採取しなおす必要がでてきて……」
「なにも入院している最中にそんなことしなくても……退院してからでは遅いんですか?」
「病院なら網膜スキャナーもあるので便利なんですよ。データを登録するのに多少手間もかかりますし……」
頭を押さえたままの肇を見て鈴木が言った。
「だいじょうぶですか、肇さん?」
「ええ。だいじょうぶです……週刊誌の記者という人にからまれてしまって……」
「週刊誌……いまでもいますか?」
「わかりません。庭のベンチ付近にまだいるかもしれませんが……」
鈴木秘書は窓から外を見てみたが、それらしき人間は見当たらなかった。医療スタッフの一人が椅子を手で招いて肇に言った。
「ではこちらにおかけください」
肇が椅子に座ると医療スタッフが肇の上半身を機器にセットし、網膜をスキャンし始めた。壁に貼ってあった帝都セキュリティのポスターにあるマークを指差しながら鈴木秘書が言った。
「先の取締役会で取締役として承認されたので、このマークがある帝都セキュリティ管轄のシステムなら、虹彩でも指紋でも、どこでも入ることができます」




