包帯
御手洗蓮の通夜が行なわれたのは、その翌日だった。六ヶ月もの眠りから覚めたばかりの肇は、体力も戻っていなかったため、大切な長男蓮の葬儀だというのになにもできなかった。憔悴するばかりの妻の恵子も葬儀の手配などできるわけもなく、結局、すべてを手配し取り仕切ってくれたのは正憲の秘書鈴木だった。鈴木はあまり表に立たず、しかし抜け目なく準備をしていった。
通夜が始まり、読経の声が聞こえるようになってからも、ずっと恵子は泣き続けた。肇は参列者に会釈を続けるのがせいいっぱいだった。そんな両親とは関係なく、心は親族席から抜け出した。それに気がついた正憲が鈴木秘書に目配せをした。鈴木は心の後を追いかけ、ホールを出たところで心をつかまえた。
「心さん、どこへ行かれるんですか?」
「どこだっていいじゃない」
「大事なお兄様のお葬式でしょう」
「だってあの人お兄ちゃんじゃないもの」
鈴木はあわてて心の口を塞いだ。
通夜には肇の様子を見にやってきていた高木も出席していた。幼いものの通夜とあって親族が多かったが、ご近所のものらしき人々もいて、だれがだれと識別するのはむずかしく、逆に高木はなんなく参列することができた。そんな中で幼い娘と正憲の秘書鈴木とのやりとりは目をひき、「あの人お兄ちゃんじゃない」という心の言葉に高木は興味を持った。
「黙って言うことを聞け」
鈴木が声を荒げて言った。その言い方の厳しさに心はびっくりしたが、すぐに鈴木の手から逃げ出してしまった。鈴木はただめんどくさそうな顔をしているだけで、心の後を追うことはなく、舌打ちをしてからホールに戻った。それを確認してから高木は心の後を追った。すぐに心に追いつき、腕をつかんで止めた。
「心ちゃんだったよね。」
心はあきらかに見知らぬ高木を警戒していた。
「おじさん、だれ?」
「おじさんはおとうさんのおともだち」
「ほんと?」
「ほんとさ」
高木は少し考えてから、肇と帝都銀行本店を訪問したときのことを思い出し、スマホを取り出して動画を見せた。肇と二人で献花台を訪れたときの動画だ。献花台の近くではにかんだような表情の肇が映っていた。
「ほらね」
「ふ~ん」
心は納得していないようだが、かまわず高木は心に問いかけた。
「お兄ちゃんじゃないって言ってたけど、どういうことかな?」
「……亡くなった人、お兄ちゃんじゃないと思うの?」
「お兄ちゃんじゃなければだれなの?」
「だれかは知らないけどお兄ちゃんじゃない。手のひらに傷がなかったし、足の傷もなかった」
「傷……ふ~ん。そうか……」
考え込む高木を残して心はどこかに行ってしまった。
※ ※ ※
通夜も一通り終わり、ホールには人がいなくなった。親族は親族用の控室あたりに引き上げ、明日の告別式に向けて打ち合わせしたり、軽く慰労したりしているのだろう。高木がドアを開け、あたりを見回して人気がないことを確認してから、ホールに入り、棺に近づいていった。棺まで行くと蓋を開け、蓮の遺体を見つめていた。すばやく周囲をもう一度確認してから、蓮の頭をもちあげて包帯を外し始めた。包帯が解けてゆくにつれ、蓮の顔が見えてきた。その顔には傷一つなかった。
驚きながらも納得したような表情で高木はショルダーバッグから小さなハサミと手帳を取り出した。蓮の髪を数本つまんでハサミで切り取り、手帳にはさんだ。少し考えてから、今度はショルダーバッグからペットボトルをとりだし、そのペットボトルをハンカチできれいに拭いてから蓮に握らせた。そのペットボトルはハンカチでていねいに包んだ。最後にスマホで蓮の顔を撮影してから、包帯を戻そうか一瞬悩んだが、そのままにして蓋だけ閉めて去っていった。
高木がホールのドアを開けたとき、鈴木が代わりに入ってきた。高木も鈴木も驚いたがそのままそれぞれ立ち去った。ホールに入ってきた鈴木は、棺の小窓を開けて驚愕した。そして蓋を開け、蓮の顔のそばにあった包帯を巻き始めた。高木はドアの隙間からその様子を見つめていた。




