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溶融

 窓のない部屋だった。ステンレスでできたテーブルが何台か並んでいた。テーブルの一つに横向きに寝かされた男を天井の照明が照らしていた。少し前まで男を包んでいた膜は破れて、男の体にまとわりついていた。膜の中を満たしていた液体がテーブルのまわりに飛び散っている。テーブルの脇には、膜を破った技師が手に大型のナイフを持って立っていた。もう一人の技師が男の眼球に医療用のLEDペンライトで光をあてた。男の口には黒くて太い管が挿入されていた。二人の技師がその管を引き抜いた。男は激しくせき込んだ。技師が注射器をとり男の腕に針を差す。やがて男の視界が暗くなってゆく……


※    ※    ※


 次に目が覚めたときもやはり窓がない部屋だった。男は、医療用ベッドに手術着を着せられて横たわっていた。技師の一人が、男の眼球にペンライトで光をあてていた。もう一人技師がいて、男の体温をはかったり、血圧をはかったり、脈をみたりしていた。気づくと、男には数多くの医療機器がつながれていた。技師がもう一度眼球にペンライトで光をあてた。それからその技師は手に持っている報告書になにかを書き込んだ。男が目を閉じるとドアが閉まる音がした。ふたたび男は目を開けたが、しだいに視界が暗くなっていった……


※    ※    ※


 男は目を覚ました。やはり窓がない部屋だった。自分のまわりを見渡した。さまざまな医療機器が設置されていた。男が腕を上げてみると何本もの針が刺さり、管がつながっていた。左右の手のひらを開いてから閉じてみる。横たわったまま、かかとを上げ下げしてみる。やがて男はむっくりと起き出した。胸につけられていた診断機器のセンサーをとりはずし、腕にささっていた注射針とカテーテルをはずす。

男は、ベッドに座りなおして部屋の中を見渡した。病室ではなく、研究施設の一室のようだ。入口の脇に洗面台があった。洗面台に行き、備え付けの鏡を見る。男の顔が映った。その顔に見覚えがなかった。鏡にけげんな顔をした男が映っていた。年齢は三十歳そこそこだ。水道の水で顔を洗ってから、ドアを開け、施設の中をさ迷った。廊下や部屋の入り口は、赤色のパネルが帯状に貼られていた。廊下を歩いているとき、近くから話し声が聞こえた。

「デュープナンバー八の様子はどうだ?」

「何回かロードしましたが、ダメでした」

 男はいそいで隠れようと手じかな部屋に入った。

「タイプBのナンバー三もそろそろ目覚めさせたほうがいいだろうな」

 話し声は遠ざかって行った。男はほっと安心して、部屋の中を見渡した。この部屋も窓がなく、真っ暗だった。壁際にスイッチがあることに気付き、スイッチを入れた。ステンレス製のテーブルが四つ並んでいた。そのうちの二台にはなにかが置かれ、白いシーツがかぶせてあった。部屋の奥には浴槽程度の大きさの装置があり、大きなふたが開いていた。男が部屋の中を調べていると、シーツの中から人間の腕が出ていることに気づいた。けげんに思いシーツをそっとはがしてみると、そこには人間が上向きに横たわっていた。遺体だった。その顔をのぞきこんで男は自分の目を疑った。その顔は鏡で見た自分にそっくりだった。もう一つのテーブルに行き、そのシーツもはがしてみる。そこにも自分そっくりの顔をした遺体があった……男が茫然としていると廊下から話し声が聞こえた。

「今日は二体だ」

「なんか人間じゃないと言われても、いい気はしないですよね……」

 見回すと部屋の中にラックがあった。男はその陰に隠れた。ドアが開き、作業服姿の男が二人入ってきた。作業員たちは一台のテーブルをはさんで立ち、遺体ごと浴槽のような装置があるところまでテーブルを押して行った。

「人間と言えば人間だしな」

 一人がシーツをはがし、遺体の上半身を抱き起こした。もう一人が下半身を抱き上げ、二人で遺体を浴槽のような装置に入れた。もう一台のテーブルの遺体も同じようにした。

「なにかターゲットと区別できるようなものはあるんですか?」

「いまはまだ実験段階だから、ない。最終的にはなにかマーキングするような噂を聞いたけどな」

 遺体を入れ終わると作業員の一人が装置にあったパネルを操作しスイッチを入れた。浴槽装置の透明な蓋が自動的に閉まり、ガチャという音がしてロックされてから、なにか液体が注入される音がし始めた。

「マーキングって?」

「体のどこかに、脳の中だったか首の後ろだったか……にマイクロチップを埋め込むとかいう噂がある」

 作業員の二人は話しながら部屋を出ていった。男は浴槽装置に近づいてみた。蓋越しに中を見てみると、二つの遺体に透明な液体が注がれ、白い煙が立ち上がっていた。やがて遺体は半分ほど液体につかり、体のあちこちから泡が立ち始めていた。最初はじょじょにだった泡がしだいに激しく立つようになり、腕の一部は筋肉が溶けてしまい、骨が露出するようになってゆき、やがてその骨すらも溶け始めていた。自分とそっくりな顔の遺体のその様子を見ていて、男は怖くなり、部屋をあわてて出た。

 廊下をさまよっていると、物が砕ける音が聞こえた。音がした部屋のドアはガラス窓になっていて、男はガラス窓越しに覗き込んだ。部屋の中では倒れた点滴スタンドのかたわらに手術着を着た男が後ろ向きに立っていた。その男が振り返った。その顔も自分とそっくりだった……。気を失いそうになりながら男は廊下をさ迷った。それまで部屋や廊下の色調が赤色だったのが、黄色に変わった。そこに作業服の男がかけよってきて言った。

「どうしてここに……」

 その作業服の男のひげづらを見ながら男は気を失った。


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