衝突
九月に入ると八月の異常な暑さはいくぶん和らいだ。金曜日の昼過ぎの東名高速は意外とすいていた。夏休みが終わったせいだろうか。比較的すいているため、速度を出して走る車が多かった。肇は車を運転しているとき、携帯電話の電波を転送するハンズフリーセットを利用して、運転しながら通話していることが多かった。このときもスマホを運転席の左側にセットし、スピーカーホンで話していた。
「蓮がいないの。心が言うには車の中だって」
妻の恵子からの電話だった。
「車ってこの車か?」
車内の時計は午後二時ころだということを示していた。
「いない?」
肇がバックミラーで後部座席を確認しながら言った。
「蓮、いるのか?」
恵子も呼びかけた。
「蓮、いるなら返事しなさい」
バックミラーに蓮の顔が写った。
「いたぞ」
「やっぱり。しょうがない子ね」
蓮が父と母に抗議した。
「だって最近パパ遊んでくれないんだもん」
「だからって……もう高速に乗ってしまったからこのまま連れて行くしかないな」
「しょうがないわね。パパの仕事の邪魔しないでね」
蓮は勝ち誇ったように言った。
「うん、わかった」
「なるべく早く帰るよ」
「そればっかり……早く帰ってきた試しがないじゃない」
妻の指摘に苦笑いしながら肇がスマホを切った。ラジオのスイッチを入れるとニュース放送が流れた。二人の解説者が帝都グループのことを語っていた。
「帝都グループの持ち株会社といえば帝都HDですが、先日帝都HDの常務取締役の御手洗吟さんが帝都銀行本店のビル屋上から転落してお亡くなりになりました。当時は事故かもしかしたら事件性もあるのではないかと噂されましたが、本人の遺書があったことなどから自死と判断されました。御手洗吟さんは、帝都HD社長御手洗正憲氏の長男で、昨年常務に就任されたばかりです。常務就任は次期社長への足がかりではないかとも噂されました」
「そうでしたね。御手洗正憲、憲次さんら兄弟と共に帝都グループを発展させた綿貫会長の長男綿貫栄一郎さんが次期社長と目されていたのが、御手洗吟さんの常務就任で雲行きが怪しくなってきたんでした」
「その吟さんが亡くなられたことで、さらに話がややこしくなってきています。じつは吟さんには弟さんがいらっしゃって、肇さんというのですが、その方が先日の役員会で役員に就任されたようなんです」
「ほお」
「ところがその肇さんという方はまだ三十歳そこそこ。その年で帝都グループを率いて行けるのかという疑問の声があがっているんです」
「となるとやっぱり綿貫栄一郎さんが本命ですか?」
「そうですね。綿貫栄一郎さんは帝都物産の社長として実績もあり、多くの方に慕われているという点で多くの人が軍配を上げるのですが、御手洗正憲社長がウンというか」
「御手洗家VS綿貫家の闘いはまだまだ続きそうですね」
肇は、聞くに堪えない顔をして、ラジオのスイッチを切った。そのときスマホが着信した。発信者番号には「高木」と表示されている。肇が着信ボタンをタップする。
「いまどこですか?」
「海老名SAをすぎたあたりです。あと五十分ほどで御殿場ICに着きます」
「だとするとここまではあと一時間程度ですね」
「そうですね」
「わかりました。お待ちしています」
肇が切断ボタンをタップしてしばらくしたとき、ふたたび着信音がした。スマホの発信者番号を見てみると、登録されていない番号らしく、発信者名が表示されていない。けげんな顔をしながら、肇が着信ボタンをタップした。
「はい」
肇がそう答えても返事がない。
「もしもし。もしもし。御手洗ですが……」
そう答えたとき、ピーツッという甲高い音が車内に響き渡った。思わず耳を押さえたくなるような音だった。「うっ」肇がそう思わずうめいたとき、握っていたハンドルの中心で白い煙が巻き起こった。肇がぎょっとしながらも運転を続けていると、突然、ハンドルのエアバッグが破裂して膨らんだ。視界を遮られた肇はハンドルを左右に振ってしまった。車は左右に大きくぶれる。ちょうどパーキングエリアとの分岐点のある場所で、車は分岐点にまっすぐつっこんでいった……激しい衝突。後部座席から前を見ていた蓮が座席の隙間からフロントガラスに追突しようとする。肇は必死で腕を伸ばしてそれを防ごうとするが、蓮はフロントガラスを突き破って車外へ飛び出してしまった。




