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葬儀

【前回のお話】


 東京丸の内にある帝都銀行本店ビルから転落した御手洗吟帝都銀行副社長は、お茶の水の帝都病院に緊急搬送された。吟の妻と子供のほか、弟の御手洗肇とその妻恵子、父親・御手洗正憲、正憲の弟で叔父にあたる御手洗憲次らが病院に駆けつけた。そこへ二人の刑事宮崎と岩田がやってきて、吟の近くで見つかった書類を預かってゆく。吟は懸命の治療にもかかわらず亡くなる。

 その日の朝七時のテレビニュースでは、女性キャスターがこう話していた。

「帝都グループの次期社長と目されていた御手洗吟帝都ホールディングス(HD)常務が昨夜帝都銀行屋上から転落し、死亡しました」

 帝都銀行の入り口や御手洗吟が転落した現場、通勤する人々の映像が次々に流れた。

「帝都グループは、綿貫耕一郎・現在の会長と御手洗正憲・現在の社長及び御手洗憲次・現副社長の三人を中心に、一九八〇年代初頭に設立された帝都建設を母体として、九〇年代にはバブル崩壊で窮地に陥った企業をM&Aによって次々と吸収・合併し、グループとして業容を拡大し、現在では帝都銀行、帝都造船、帝都海運、帝都自動車、帝都物産、帝都製薬、帝都不動産、帝都セキュリティを中核とした巨大コンツェルンとなっています」

 帝都銀行や帝都建設、帝都製薬など帝都グループの本社ビルが次々と映し出された。

「昨夜死亡した御手洗吟氏は、御手洗正憲現社長の長男です。四十二歳という若さですが、帝都銀行の副社長をつとめ、かつ帝都グループの持ち株会社・帝都HDの常務取締役に昨年六月に就任したばかりで、次期社長と目されていました」

 御手洗吟や御手洗正憲、綿貫耕一郎など帝都グループ幹部の顔写真が次々と映し出された。

「そんな注目される人物がビルから転落し死亡したとあって、帝都グループはもちろん経済界に大きなショックを与えています。はたして、ただの事故なのかそれともみずから飛び降りたのか、警察は事故と事件の両方から捜査しているとのことです」


※    ※    ※


 それから二日後、御手洗吟の葬儀が都内の大きな寺院で行なわれた。入り口には「帝都HD常務取締役 帝都銀行副社長 故御手洗吟 儀葬儀式場」と書かれた看板が立っていた。帝都銀行だけでなくたくさんの人間が参列し、多数のマスコミ関係者もやってきた。政財界からの参列も多く、そのためカメラのフラッシュがときどき光っていた。中には与党の大物政治家もいて、帝都HD社長・御手洗正憲や同副社長・御手洗憲次、同会長・綿貫耕一郎や同専務・綿貫栄一郎も彼らの相手をすることになった。未亡人となった御手洗ゆり子は憔悴しきっていて、御手洗恵子がつきそっていた。ゆり子の子供たちは戸惑いながらただじっとしていた。

 葬儀場の一画では御手洗肇と二人の刑事が話していた。刑事は事故当夜封筒を受け取りに来た岩田と宮崎だ。

「エレベーターの映像からするとお兄さんが転落されたのは八時五〇分頃で、警備員の証言では発見されたのが九時頃です」と若い宮崎刑事は説明してくれた。

「そして帝都病院に運び込まれたのが、九時一五分頃という訳ですか……あの人通りの少ない裏通りですぐに見つかって病院に連れて行かれたのは良かったことでしょうね。見つからないままほっておかれたんじゃかわいそうだ」

 そう肇が嘆くと岩田刑事が同情するように言った。

「不幸中の幸いかもしれませんね」

 若い宮崎刑事は肇に尋ねた。

「つかぬことをお伺いしますが、その時刻に御手洗肇さんはどちらに?」

「自宅で妻と子供たちといっしょでしたが……なにか?」

「いえ、みなさんにお伺いするので気を悪くされないでください」

「私は疑われているんですか? 私が吟兄さんを……」

「いや、少し気になることがあって……」

「なにが……というか私も兄が自殺したとは思えないんです。兄は父から先月帝都グループの後継者に指名されたばかりで……もっとも兄は最初後継者になることを拒否していたんです。それがなにがあったのか、心変わりして……ところであの封筒にはなにが入っていたんですか?」

 岩田刑事と宮崎刑事が顔を見合わせてから、岩田刑事が答えた。

「遺書です」

「遺書……ではやっぱり自殺ということ……」

 宮崎刑事が視線を逸らしながらつぶやいた。

「本物ならですが……」

 思わぬ答えに驚いて肇が質問する。

「偽物という可能性があるんですか?」

 キャリアの長い岩田刑事が冷静に答える。

「現在捜査中です」

「ありがとうございました。またお話をお伺いすることもあろうかと思いますが、今日はこれで失礼します」と宮崎刑事が引き上げるための挨拶をすると、岩田刑事が補足した。

「見つかった遺書は明日にでも、実物ではなく写しになるかと思いますが、奥さまにお返しします」

 刑事二人が去って行った。肇が親族席に戻ろうとすると向こう側から御手洗憲次がやってきた。

「お、肇、こんなところにいたのか?」

「あ、叔父さん」

 肇が親族控室を指さし、二人は控室を目指して歩き出した。歩きながら憲次が言った。

「なにがあったんだ?」

「兄さんの遺書が見つかったんです」

「ゆり子さんが持っていたあの封筒だな?」

「あの封筒の中に遺書が入っていると知っていたんですか?」

「いや、自殺という話があったから、あの封筒の中身が遺書じゃないかと思っただけだ」

「刑事さんの話では明日義姉さんに返すそうです。叔父さんは刑事さんたちとは……」

「ああ、事情聴取された。アリバイがあるかどうか。私はあの時間には人と会っていた。与党の大物政治家だと言ったら刑事たちビビッていた」

 憲次は不気味に笑った。肇は気になって聞いた。

「父はどこにいたんですかね?」

「兄貴か……自宅に一人だったらしいので、アリバイはない。ないけど兄貴が吟を殺すわけがない。肇のわけもない。もし自殺でなければ綿貫家のものの仕業だろう」

 肇が周囲に綿貫家のものがいないか気にしながら言った。

「そんな人聞きの悪い……」

 二人は控室に着き、憲次が控室のドアを開けた。控室の中では、正憲と田中(旧姓御手洗)洋子が応接セットに座っていた。二人とも喪服だ。

「二人ともどこに行っていたんだ。そろそろ焼香の時間だぞ」

 そう言う父正憲にはかまわず、肇は田中洋子に挨拶した。

「伯母さん、ごぶさたしています」

 田中洋子は、正憲と憲次の姉にあたる。綿貫耕一郎とともに起業した二人を支えて共に苦労してきた。当時急激に成長してきたとはいえ、規模が小さかった帝都グループのために大手ゼネコンの田中建設の御曹司と政略結婚もするなど帝都に身も心も惜しみなくささげてきた女だった。

「肇さん、ごぶさた。お兄さんは残念だったわね。本当に惜しい人を亡くしたもんだわ。吟さんなら帝都グループをひっぱっていってくれると思っていたのに……自殺って本当なの? 私には信じられない」

 憲次が話に割って入って答えた。

「どうも本当のようだ。遺書が見つかったという話だ」

「遺書? 吟のか?」

 正憲がいぶかしがると

「ああ」

 憲次が答えた。

「そんな馬鹿な。吟は帝都グループの後継者だぞ。これからというのに自殺だなんて……」

「兄貴がプレッシャー掛け過ぎたんじゃないのか?」

「なにを言う」

 肇が以前から抱いていた疑問をぶつけてみた。

「兄さんは後継者になるのをいやがっていたはずだけど、なぜ引き受けるようになったの?」

 正憲が苦しげに答えた。

「それは……私が『お前しかいない』と説得したからだ」

 鈴木秘書が控室に入ってきて言った。

「みなさん、おそろいですか? そろそろ親族のご焼香の時間です」

「わかった。さあ、行こう」

 正憲の合図で控室を出て、親族席に向かった。喪主席にはゆり子が顔をおさえながら座っていた。そばには恵子がいて、ゆり子に寄り添っている。隣には御手洗吟の子供たち二人が下を向いて座っていた。子供の隣に正憲が座り、子供の頭をなぜた。その隣に肇が座り、近くにいた肇の長男 れんと長女 こころも座った。憲次とその妻や田中洋子とその夫らも順に親族席に座った。

 葬儀は進行し、焼香が続き、読経も続いていった。やがて出棺のときがきた。

 ひつぎには顔を包帯でまかれた吟の遺体が収められていた。

「飛び降り自殺ですって……」

 女性の参列者同志のひそひそ声が親族席にまで聞こえてきた。

「帝都グループの後継者に指名されたばかりだというのに……」

「けっこう遺体がひどい状態らしいのよ。だから小窓越しにしか顔を見ることができないんですって……」

「まあ、じゃあからだのほうは……」

 小窓が閉められるころにはそんなヒソヒソ声も聞こえなくなり、ひつぎは霊柩車に運び入れられ、火葬場へと向かうことになった。ゆり子が遺影を持って同乗していた。ホーンが悲しげに鳴り響いた。


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