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後継

 肇は社長室の入り口をノックし中に入って行った。中には女性の秘書がいて、奥の部屋に案内してくれた。秘書がドアを開け、中にいる正憲に声をかけた。

「社長、肇さんがいらっしゃいました」

「やっときたか。入れ」

 肇が父の執務室を訪れるのは久しぶりだった。

「失礼します」

 秘書はドアを閉め去って行った。

「綿貫君とは話しはついたかね?」

「話しはしました。社長が望んでいる方向かどうかはわかりませんが」

 正憲は嫌そうな顔をして答えた。

「生命ラボにはあまり突っ込むな」

「……やはりご存知だったんですね。あそこはなんなんですか?」

「なにって……肇、お前にはまだ言っていなかったが、私は癌だ」

 突然の父の告白に肇は驚くほかなかった。

「え!」

「後継者への指名をいやがっていたので、吟には話さざるをえなかった。しかし、お前には心配かけさせたくなくて……」

 あんなにも後継者となるのを嫌がっていた兄が、あるときを境に受け入れるようになったのにはそんな理由があったのかと合点がいった。

「癌が見つかって余命半年と言われてからもう一年になる。と言ってこのまま生き続けられるわけでもなかろう」

「まだ引退する気はないってさっきの取締役会で言ったばかりでしょう?」

「仕方ないだろう。今引退したら、吟がいない今の状況では綿貫栄一郎専務を社長にせざるをえない」

「そうなるでしょうね」

「そうなるでしょうだと、まるで他人事だな。綿貫専務がいったん社長になれば、御手洗派の人間は飛ばされてしまい、もう二度と帝都グループの中枢にいることはできまい」

「綿貫と御手洗は力を合わせて帝都を作ってきたんじゃないんですか?」

 正憲が突然立ち上がって言った。

「力を合わせてだと、ふざけるな! 綿貫は形だけ社長の座にいたが、創業時からまともに仕事などしたことはなかった。いつも私と弟の憲次が動いて片づけていたんだ。あいつは、綿貫の野郎は遊んでばかり。何か理由をつけては出歩いてばかりだ。たまにいるかと思えば、こっくりこっくりと居眠り。それでも社長のままにしてやっただけだ。だからなんとか会長職に棚上げできたいま、御手洗家で繋いでゆきたい。吟を社長にするはずだったのだが、吟はいなくなってしまった……肇、お前が跡を継げればいいが、お前はまだ若い」

 子供のころ遊んでくれた従兄弟のことを思い出した。

「憲次おじさんの子供たちは?」

「憲次の子供というと憲夫か? ないわけではないが……」

 憲夫は御手洗憲次の長男で帝都不動産の代表取締役を務めている。事業は順調のようだが、先日銀座のクラブのホステス宅へ入り浸っていることを週刊誌にすっぱ抜かれたばかりだ、。

 それより吟が自殺したというのをお前は信じるか?」

「いえ、そのまま信じるわけには……」

「綿貫のだれかにはめられたんじゃないかと思う。どうだ、生命ラボなんかよりこの件を調べてみては?」

 肇は言葉を選びながら答えた。

「……どちらも調べてみましょうか?」

「言うことを聞かないやつだなぁ」

「お父さんは、本当に生命ラボのことをご存知なかったんですか?」

「知ってはいた。というより、深く関わっている。生命ラボはお前の出生とも関係しているんだ」

「私の……」

「そうだ。だから時期が来たら話すから、それまでは突っ込まないで欲しいというのが私の気持ちだ」

「私の出生に関わるというのならなおのこと、なにがあったのか、なにが行なわれているのか、すぐに知りたいです」

「どうしてもか?」

「プロジェクトDとはなんですか?」

 正憲は少なからず驚いた。

「……プロジェクトD……そうか、そこまでたどり着いたか……少し時間をくれ」

「やむをえませんね。調査は勝手に進めさせていただきます。それでは失礼します」

 肇は父がどんな反応をしたのか確かめもせずに社長室を去ってしまった。しばらく思案していたが、正憲はインターフォンで秘書に命じた。

「鈴木を呼んでくれ」

 しばらくすると鈴木秘書がドアをノックしてから社長室に入り、正憲のデスクの前で立ち止まった。

「なにか?」

「肇が生命ラボの調査をどうしてもやめない」

「うーん。どうしましょうか?」

「もう少し時間が稼げればいいんだが……手荒な真似はしたくないし」

「私に任せていただけますか?」

「なにをするつもりだ? お前はときどき思いもしないことをしでかすから怖くて仕方ない」

「社長はそうおっしゃいますが、実際にはそうされることを喜んでいるんじゃないですか?」

「……そう言えなくもないが、ほどほどにしておいてくれ」

「はい、わかりました」

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