告発
つい先ほどまで対立していた綿貫家のものと御手洗家の次男が、意気投合したかのような展開に腹立たしい思いを持ちながら正憲は言った。
「いいじゃないですか、社長。専務にも加わってもらったら。私と専務とで協力して調査したとなれば、結果にも客観性や信憑性が増すでしょう。帝都製薬管轄となれば、社長の配下でしょう。なおさら私のような身内のものと、専務のような、こう言ってはなんですが、社長と対立している派閥の側の人間が協力して調べれば、その結果にだれも異論ははさめないでしょう」
肇の正論すぎる説に正憲は反論しにくかった。
「それはそうだが……」
「それとも何か調べられてはまずいことでも、この生命ラボというのにあるんですか?」
「そんなものはない、というかないはずだ。私も初めて聞いた。生命ラボというのは」
「初めて……そうですか……まあいいでしょう。いずれにしろ了解していただいたということでいいですか」
正憲もあきらめ顔で言った。
「まあ、くれぐれもなにかあったら私に連絡するというのを条件にして了承するとしたい」
肇がこのまま承認させようと出席者を見回しながら言った。
「いいでしょう。みなさんもよろしいですか?」
ほかの役員が拍手したり挙手したりした。正憲も認める以外なかった。
「承認されたようだな」
鈴木秘書が閉会を宣言した。
「では、本日の議案はすべて終了しました。以上で、解散です」
役員たちが立ち上がり、ほかの役員と話しながら解散してゆく。
「肇、あとで社長室に来てくれ」
正憲に呼ばれ、肇が答えた。
「わかりました」
正憲が去ってゆくのと入れ替わるように綿貫栄一郎が近寄ってきた。
「びっくりしましたよ。お父さんにあんなに噛みつくなんて」
「噛みついただなんて……生命ラボというのは以前から気になっていて、私なりに調べています。それより告発メールというのを拝見できますか」
綿貫栄一郎が持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。メールのタイトルは「生命ラボのクローン研究について」と書かれていた。
「生命ラボのクローン研究について
帝都製薬御殿場研究所敷地内には、別棟になった建物があります。かつて第二研究所と呼ばれた施設ですが、五年ほど前に当時の研究員は全員配置転換となって、現在この施設は「生命ラボ」と呼ばれ、各地・各企業・さまざまな大学などから引き抜かれた研究員が勤務しています。所長の田所博士もかつて国の再生医療研究所の所長だった男です。
この生命ラボでは人間のクローン化について研究が行なわれ、すでに実現しています。研究所はゾーニングされていて、私もすべてのゾーンに立ち入ることができるわけではないため、全容は解明できていませんが、現在はさらに進んでいるはずです。このプロジェクトはプロジェクトDと呼ばれています。
人間のクローン化はもちろん、それ以上の研究を許可なく行なっていることはゆるされるべきではありません。
調査し、しかるべき対応をするようお願いいたします。」
肇が目を通してから、栄一郎に聞いた。
「これコピーとっていいでしょうか?」
幼い頃は、綿貫家と御手洗家とで家族ぐるみの付き合いがあり、肇は九歳で母親を亡くしてから御手洗家に引き取られたが、その頃二十歳近くも年の離れた栄一郎に遊んでもらったことがあった。当時、栄一郎はすでに三十歳近くで仕事で忙しくなるにつれ疎遠になっていったが、知らない仲ではない。
「メール原文があるから、それ持っていってかまわない」
「ありがとうございます。父に見せてもいいでしょうか?」
「……う~ん、なんとも言えない。君にまかせるよ」
「ありがとうございます」
栄一郎が不思議そうに尋ねた。
「生命ラボになぜ関心を?」
「兄の死に疑問を抱く点がありまして……それで調べているときに生命ラボの存在を知りました」
「吟さんの……吟さんの投身自殺とどんな関係が?」
「いえ、兄の自殺と直接関係があったわけではなく、亡くなったあとにその生命ラボに運び込まれたようなので」
「お兄さんの遺体が生命ラボへ……たしかに不思議だ……体外受精や遺伝子操作、クローンなど生殖医療に関するラボのはずで、亡くなった人間とは関係ないはず……」
「そう、不思議なんです。私にもさっぱり訳がわかりません。このあと父に聞いてみます」
「社長は知らないって言ってませんでした?」
「そんなはずはないんですが……」
栄一郎が苦笑いしながら言った。
「まかせるよ」
「先ほどの取締役会では、三十億円に達する資金が注ぎ込まれているとか」
「それは自分で調べた。帝都製薬は正憲社長の管轄とは言え、いちおうこれでも帝都HDの専務取締役だから」
肇があらためて印刷されたメールを見ながら聞いた。
「このメールのヘッダーはどうなっていますか?」
「ヘッダー?」
「メールのタイトルと本文の間あたりに、このメールがどこからどうやって届いたかが記録されている部分です。それを調べればなにか送信者についてわかるかもしれません」
「それはどうやって調べればいいんだ?」
「メールをドラッグ&ドロップしてアイコンにできますか? アイコンにできればそれを添付ファイルにして私宛に送ってもらえればいいのですが」
「うーん、秘書にやらせよう。後で送らせる」




