調査
珍しく発言しようとする栄一郎に少し驚いて正憲が指名した。まもなく五十歳になるかという程度の若さで帝都物産を率いる栄一郎は、有能だが少し風変わりの男だった。
「議案の提案というわけではないんですが……帝都製薬に御殿場研究所がありますね」
鈴木秘書が横から説明した。
「はい。iPS細胞の研究など再生医療を研究している帝都製薬の中核的研究所です。所長は次期ノーベル賞候補と言われています」
「御殿場研究所はたしかにそうなんですが……その研究所の敷地内に生命ラボというのが作られているんです」
正憲には思い当たることがあるのだろうが、そしらぬ素振りで答えた。
「……その生命ラボがどうかしたのかな?」
「実態がよくわからないその生命ラボへけっこうまとまった資金が投入されているんです」
この場で生命ラボが話題になることに驚いて立ったままの肇が聞いた。
「まとまった資金?」
「ええ。表向きは帝都製薬への投資ということになっていますが、実態は生命ラボへの投資です。私が調べた限りでは、三十億円に達する額です。製薬会社への開発資金は巨額になる可能性があるのでこれまであまり注目されてこなかったんですが……むしろ注目されないように帝都製薬傘下のような格好で作られたのではないかとすら思えます」
しだいにいらだってきた正憲が聞いた。
「だからその生命ラボがどうしたんだね?」
「実態がわからないと申しましたが、あるメールが届きました。告発メールと呼んでいいかと思います」
「告発メール? それは穏やかではないね。中身は?」
「生命ラボでクローン人間が作られているという内容です」
突然飛び出した場違いな単語だったが、正憲は驚く様子はなかった。
「クローン人間?」
「はい。人間のクローンは、技術的にははるか以前から可能ですが、生命倫理的に問題があるとされて認められていません。その人間のクローン化を生命ラボで行なっているとなれば問題とせざるをえません」
「やっているのかね?」
「……まだはっきりとは……」
「どうなんだ? 告発メールというが、怪文書と呼んだほうがいいんじゃないか」
父正憲がこの件を無理矢理握り潰そうと思っているのではないかと思った肇が言った。
「まだはっきりしていなくても、可能性があるのなら、調査しないといけないのではありませんか?」
思わぬ身内からの発言に正憲はたじろいだ。
「う……しかし……」
「私が調べてみましょうか? 取締役としての最初の仕事ということになりますが」
肇からの提案に栄一郎もとまどった。
「肇さんが……ですか?」
「もちろん綿貫専務にもご協力いただかなければなりません。少なくてもその告発メールというのを拝見させていただかなければなりません」
栄一郎はこの話に乗ったほうがいいと判断した。
「条件があります。協力というより、私も調査に加えていただきたい」
「君たち、勝手に話を進めてもらっては困る」




