工作
「では最後の議案に移ります。御手洗吟常務取締役の自死により、取締役の席が一つ空いたままとなっております。吟が亡くなってからすでに二か月たっています。みなさん。空席となったままの取締役として吟の跡を継ぐ形で私の次男の御手洗肇を認めていただけませんか? むろん取締役就任には株主総会での承認が必要ですから、いまは一時取締役として承認し、来年の株主総会であらためて取締役となりますが……」
そう言うと正憲は鈴木に目配せした。鈴木が会議室のドアを開け、待機していた肇を呼んだ。
「肇さん」
肇はためらいながらも会議室に入っていった。
「肇、議案として提案した。みなさんに挨拶を」
「何もわかりませんが、よろしくお願いします」
肇は事前に言われていたように頭だけ下げることにした。
「それでは、本議案にご賛同いただける方は挙手をお願いします」
正憲の一方的なやり方に会長の綿貫耕一郎がかみついた。
「ちょっといいかな」
「なんでしょう、会長」
七十代半ばになった耕一郎だが、眼光は依然として鋭く、細い黒縁の眼鏡越しに正憲を見ながら言った。
「吟君の常務就任のときにも言ったが、肇君の役員就任より、うちの栄一郎の社長就任の方が先なんじゃないのかな?」
正憲がおうむ返しのように言った。
「栄一郎君の……」
「君が社長になって、私が会長となって第一線を退いたとき、その次は綿貫家から社長をという話だったはずだ。とうぜん、専務の栄一郎が社長になっていいのではないか」
「栄一郎君が社長になるとすると私は会長職ですか? 綿貫会長はさしずめ相談役と言ったところですか?」
「そうなるかな」
自分のペースに戻すべく正憲は言った。
「私はまだ引退するつもりはありません」
「君ももう七十過ぎだろう。それに吟君を常務にしたとき、後継者にするつもりだったんじゃないのか?」
「そういう気持ちがなかったわけではありませんが、今は引退する気はありません。この話と肇の取締役就任は直接関係しないのではありませんか?」
「関係しないようで関係しているから話をもちだしたんじゃないか」
「どこがどう関係しているんですか?」
「さっき君は『吟の跡を継いで』と言っていた。そして吟君は君の跡を継ぐはずだった。結局、君の跡を継ぐのは肇君になった。違うか?」
綿貫耕一郎と御手洗正憲のやりとりの激しさに同席しているものの多くがたじろいでいたが、弁護士の社外取締役が割って入った。
「少しよろしいでしょうか」
正憲が助けを求めるように言った。
「なんでしょう?」
「話を整理しましょう。綿貫栄一郎専務が社長に就任する件は、正憲社長が引退する気がないということなので、今議論すべきことではなくなってしまいました。次に御手洗肇さんが一時取締役に就任する件は、それとは関係なく議論してはいかがでしょうか?」
綿貫耕一郎を見ながら正憲が言った。
「そう言っているんだが……」
「会長はいかがですか?」
社外取締役の言葉に綿貫耕一郎は黙ったままだった。
「納得できないようでしたら、やはりここは多数決ということになりそうですね」
その提案に正憲はすぐに乗った。多数派工作はもう終わっていた。
「この件に賛成の方は挙手していただきたい」
綿貫家の数人を除いて役員のほとんどが挙手した。
「賛成多数により本議案は承認されました」
鈴木が肇に向かって拍手したのにつられて多くの役員も拍手した。
「予定されていた議案は以上です」
正憲が閉会しようとしたとき、綿貫栄一郎専務が挙手した。普段、帝都HD内の派閥争いに興味がない栄一郎は、ただ父の味方になる程度にしか取締役会で発言しない。
「なんだね、栄一郎君」




